東北の山遊び

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zoom RSS 2009.2.7 石龍山から小塚山・次郎太郎山へ(宮城・阿武隈山地)

<<   作成日時 : 2009/02/07 23:27   >>

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宮城県南部に位置する丸森町。その町の中心部より西側に、今回登った次郎太郎山(じろうたろうやま)がある。
地元では「じろたろやま」の名称で親しまれている山であるが、日光猿軍団の名前の様に可愛い山ではない。
東西に長い山頂部には何基もの通信施設が建ち、保守を目的とした車道が上がっているし、南側には大規模なバラスト採取場が山肌を削っている。さらに平成14年3月17日に起きた山火事被害で、南西部は広範囲に禿山と化してしまった。従ってとても登山対象となる山ではないが、地形図を読むと町内から石龍山〜小塚山〜次郎太郎山に伸びる破線道が見出せる。そこで全く歩いた人の記録が見当たらないそのルートを歩いてみた。

【 2/7 石龍山(203m)〜小塚山(365m)〜次郎太郎山(529m) 宮城・阿武隈山地 】
北沢集落〜尾根上190mコンタ(東側の石龍山往復)〜送電線鉄塔最高点〜板山権現〜小塚山〜449m独標〜470mコンタ林道合流〜Dokomoアンテナ〜二つ目のマイクロウェーブアンテナ〜次郎太郎山三角点〜南側破線道分岐〜二つ目のマイクロウェーブアンテナに戻る〜小沢源頭部〜林道〜梅木平〜北沢集落

遥かなり次郎太郎山。
結論から先に言うと、板山権現から470mコンタ林道合流までの区間に道は無きに等しい。地形図に記載された微かな踏み跡程度は倒木や笹薮に没し、尾根通しに歩けず右斜面にエスケープすること度々であった。
確かな読図力と薮漕ぎ技術が要求されるルートのため、上級登山者以外に踏破する事は難しい。
実際我々も登山開始から山頂三角点まで3時間30分を要した。旗坂登山口から船形山に至る程の行動時間がかかったのである。難易度を測る一つの証左であろう。


まず登り口の選択が難しかった。最初は丸森町内の商工会館脇から登る予定であったが、車の進入は不可能な道であり、駐車スペースが全くない。そこで石龍山南裾にある北沢集落付近で道を尋ねることになる。
親切なおじさんが地面に地図を書いて教えてくれたのは、「ここから300m西側を右折。その先の手すき和紙工房のあるところから左折。ドン詰まりに○○さん宅があり、そこを左に入ると送電線の巡視路がある。」との情報であった。言われた通りに走行すると○○さん敷地内の広い駐車スペースがある。○○さんの奥様に挨拶して駐車の許可を頂いた。これで登山口の把握の問題が一つ解決する。
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巡視路を登り始めると竹林の道となる。タケノコの産地:丸森らしい光景が広がる。
道はこのまま直上するかと思えば、かなり右側に杉林の中を迂回してゆく。そして北沢集落から登ってくる別の道と合流したところで左折。そのまま緩登すると目的の尾根に到着した。190mコンタ付近である。
そこにザックをデポして東側に位置する石龍山を往復する。雪が残り踏み跡は薄いが300mほど歩くと、本日の一峰目:石龍山に到着した。壊れかけた神社があるが、正月には参拝者があったようである。
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その裏手には立派な石碑がたっていた。
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さらに裏手を見ると花崗岩の岩がニョキッと突き出している。この岩が信仰の対象となった岩座で、山名の起こりなのでは?とも思わせる。阿武隈の山々にはこう言った場所が数多くみられる。
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ここでタッシーが松の木の枝に吊るされたブランコを見つける。子供連れで参拝する事があるみたいだ。

再びザックをデポした地点に戻り、巡視路を西に辿る。雑木林の中に続くよく整備された道である。
途中でミツマタの花芽を見つける。大分膨らんできて、いち早いみちのくの春をわずかに感じた。
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やがて道は主尾根から外れて一つ北側(右)の尾根に移行していく。そして45番鉄塔を最高点として、巡視路は北西方面に下がっていった。ここから藪漕ぎに突入するが薄薮のため問題なく歩ける。
主尾根まで歩くと土塁に沿って踏み跡を発見。これを西方に進むと右に顕著な道が分岐する。
そこに少し入って見ると、小さな石祠が一宇。そして読み取り不可能な石碑があった。周りは石垣状に岩を積み上げており神聖な場所の感を強くする。しかし参拝に訪れる人の形跡は全く無い寂しい場所であった。
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下山後に駐車場所を借りた○○さんのご主人から伺ったが、この場所こそが丸森の地名発祥の地とか。
板山権現といわれる石祠は養蚕の神を祀ったもので、以前は周囲を松の木が取り囲み、麓から見上げると丸い森がそこにある様に見えたらしい。その姿から麓の地名が丸森と呼ばれるようになった。
しかし時の町長が一部の反対の声を無視して、その丸い松林を伐採してしまい、現在は町民にも見捨てられた場所となってしまった。との事である。


板山権現から100mも進んだであろうか? 踏み跡の左側に四等三角点を確認。小塚山山頂である。
右は赤松、左はヒノキの造林地で展望は全く無い。
尾根上にある土塁沿いに踏み跡が続くが、倒木が多くて歩ける状態ではなく、常に右側のヒノキ林の中を歩く。
調子に乗って歩いて行くと、次の360m峰で北側の尾根に踏み込みそうになる。地図を取り出して西側の主尾根に戻る。次の370mのコブは笹薮が繁茂しているために北斜面を巻いた。
しかし最強の薮がその後に待ち構えていたのである。次の449m独標までの高差100mの尾根上は笹の密薮状態で踏み跡も定かでなくなる。
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薮漕ぎ最中に後続のタッシーを撮影するが、これはたまたま姿が確認できる場所で撮っただけ。
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斜面下を向いた笹を両手で平泳ぎ状にかき分けて進む。その笹に蔦や枯れて落ちた太い枝が絡んでいる。
笹が細いので複雑に絡まり、それを解きながらの行程で時間だけが消費される。
終いには頭にきて、笹薮が比較的薄い、右の岩交じりの急斜面に活路を求めた。449m峰直下でやっと密薮から少し開放され順調に足を運ぶことができた。
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449m峰からは緩降で薮が薄い松林の中を進む。この先で尾根が3本に分岐する。視界が利かない中で地図を読んでルートファインデイングするが、この地点が一番迷い易い場所である。
正規の主尾根は真ん中の尾根を下るが、左の尾根を少し下ったところで間違いに気付き、少し戻る羽目になった。
そこから小鞍部に下ると若いヒノキの造林地に入り、やっと作業道が現れる。但し林床は枝打ちして放置された枝が散乱して歩き難い。やがて440mコンタ付近でこの場所だけ北側の展望が開けた。船形連峰が遠望できる。
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若いヒノキの造林地は暗く陰気な感じがするが、乱雑に放置された枝以外に、薮が無い分は気が楽である。
そして470mコンタ付近で左側から登ってきた林道と合流。やっと薮抜けした。

ツボ足で20mほど潜るモナカ雪の林道を緩登してゆくと。Dokomoのアンテナ施設に到着。そこから左に歩いていくとマイクロウェーブアンテナのところで段田原峠から来ている車道と合流する。車の轍があった。
その東側の二番目のマイクロウェーブアンテナで車の轍は終わる。現実にこの一帯すべてが次郎太郎山山頂だ。
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二番目のマイクロウェーブアンテナから左に分岐する枝林道に入り、約250mで三角点が設置された場所に出る。
展望皆無で丸森町の小さな通信施設があるのみ。勿論雪のため三角点も確認できない。
ここまで取り付きから3時間30分かかった。時刻は午後1時。腹が減ってしょうがない。
そこから少し南側に下った日当たりの良い場所でランチタイムとした。大汗かいたのでビールが美味い。
本当は山頂西側の山火事現場まで足を伸ばして、雄大な景色を眺めるつもりであったが、時間が押しているので今日は諦める。

充分休んで、帰りは三角点峰南方の破線道を下ることにする。以前訪れたときには入口を確認していた道である。
しかし現在では大伐採が入り、バラスト採取現場も近づいているため、その道はイバラ薮の中に消失していた。

でもこの場所、南方180度の展望に優れている。登ってきた石龍山から小塚山への尾根と、阿武隈地塁山地の展望は抜群であった。
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そして正月初登山の山:鹿狼山の姿。
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南には痛々しいバラスト採取現場と、その奥に霊山の平頂が遠望できた。安達太良山は霞んで写真にならない。
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目論んだ道がないので二番目のマイクロウェーブアンテナにショートカットして戻り、そこから北側に沢の源頭まで薮の中を直線的に北側に下る。降り立った沢筋は綺麗な雑木林に囲まれ雰囲気は最高であった。
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やがて沢の左岸にある林道に出て、後はひたすら林道を下る。登ってきた薮尾根を下ったら日が暮れてしまう。
梅木平まで下ると民家が現れる。その道端にはオオイヌノフグリが一面に可愛らしい花を咲かせていた。
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さらに林道を下っていくと石垣で棚田みたいなものを造った、見た事も無いところが現れる。
写真では一部を切り取っているだけであるが、道沿いに広範囲に建設されていた。
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タッシーと二人で「これは大金持ちの豪農がつくった田圃だ!」などど勝手な想像をめぐらせる。
そこで犬を散歩させていた近所のおじさんに伺ってみると、「これは県の失業対策工事の一環で何十年間に渡って建設された畑だ! 現在は高校の畑作実習で使われている。」との事。
もったいない!!! 高額の税金を使って、これ程の珍しい構築物を建設しておいて、高校生の実習用とは。
ここに古民家を何棟も移設して、無農薬野菜のヘルシー料理を食べさせたり、丸森和紙の手すき体験させたりすれば、地域振興の一助になるかもしれないのに・・・

と言うことを二人で話し合いながら北沢集落の○○さん家に駐車した車に戻った。
そこのご主人の話では、段田原峠から次郎太郎山まで車道が作られたため、今回歩いた山道は使われなくなってしまった。この山は県の鳥獣保護区になっているため狩猟は出来ず、近隣の家々はイノシシ被害で困っている。
○○さんの庭に一度に10頭ものイノシシが来たこともある。など面白い話題を伺えた。
そう言えば、山中では数え切れないほどのイノシシの足跡があった。そのラッセル跡は薮の薄いところを選んで通過しているので、同じルートを辿るとすんなり薮を回避できるところが多かった。
タッシーと「流石にイノさんは山歩きのプロだわ〜」と笑ってしまった。

今回の山は薮漕ぎメインで、展望に恵まれないものであったが、地図片手に未知の薮に突っ込んでいく面白さが凝縮された山でもあった。決して人にお勧めできるものではないが、こんな苦労した山ほど永く記憶に残るものである。でも○○さんは「山頂まで車道があるのに、何で何も採れない冬の時期に道の無い山を歩くの?」と我々を不思議な目で見ていたのである。

マニアックなルートなので、GPSログじゃないけど参考までに手書きで軌跡図作ってみました
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
私などが一人で行ったらべそかきそうな道なんですね。
里山の手ごわさを思い知ることになりそうです。
この山も以前はもっと人々の暮らしに密接にかかわっていたことや
町の名前の由来がわかったことは収穫でしたね。
丸森は就農者を募ってのいろいろな活動が盛んな町という印象がありますが
もっとうまく活用できそうな農地もまだまだありそうですね。
丸森が中心になって作っている高級野菜のプンタレッラのことが河北新報で
取り上げられていたので、今私は「丸森」というとその野菜のことが頭に
浮かびます。
ebiyan
2009/02/08 09:50
イヤイヤ薮は苦労したけど、楽しい思い出深い里山だね。
なんといっても下山後の石垣!アレはモノスゴイ!!
畑だけじゃなく他の利用方法、勝手に夢描いてしまうよなあ。
タッシー
2009/02/08 17:37
ebiyanさん今晩は。
さすがに今回歩いたコースはお勧めできないです。強烈な薮漕ぎの結果、タッシーは首に引っかき疵つくるし、私も薮ぼこりで喉がイガイガになってしまいました。
でも地域の方々とお話できて、面白ネタを一杯聞けましたので楽しかったです。
今回見た石垣群には本当にビックリしました。あれだけで観光名所になりそうです。
高級野菜のプンタレッラは食べてみたいですね〜。今度行った時探してみようかな。
SONE
2009/02/08 18:32
タッシー今晩は。
何故か楽して登った山は記憶が薄れるけど、頑強に抵抗する薮漕ぎの山は思い出がずっと残るね。アノ石垣は安直工法のコンクリート製でない古風な工法のところがイイね。
普通は林道の下山は嫌なものだけど、今回は石垣を見て飽きること無かったねえ。

SONE
2009/02/08 18:44
地元紙で土曜日に「丸森行ったり来たり」が連載されており興味深く呼んでいます。
まだ、丸森の山は夫婦岩、岩岳、鹿狼山、窓ノ倉山(雪で入り口分からず取りやめ)だけしか。
ああ、昨冬は氷結の不動の滝に行きましたよ。岩岳でおっ家内がキャー、熊かぁ、イノシシかぁって言ったら何と、ツクバネがあり感激だってネ。
今回のコース、何とか???
スズ7
2009/02/08 20:02
スズ7さん今晩は。
丸森の山はイイですよ。冬場でも比較的暖かいですし、陽だまりハイクに持って来いの山が沢山ありますから。でもイノシシの生育頭数は驚くほど多いようです。一度会ってみたいのですが、登山中にはお目にかかったことはありません。(車の走行中には見ましたが)
今回のコースは薮漕ぎが大好きと自負している人向けですね。でも小塚山までなら何とか行けると思います。是非チャレンジしてみて下さい。
SONE
2009/02/08 22:28

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