東北の山遊び

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zoom RSS 2009.5.30 文殊山と笹野山(山形・置賜)

<<   作成日時 : 2009/05/31 11:42   >>

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2週連続で山菜採りが続いたため、本日は山に登りたい気分になっていた。
しかし宮城県など東北の太平洋側は、停滞した南岸低気圧の影響で雨降りの一日である。
そこで雨の確立が少ない山形県置賜地方の、未登の低山にターゲットを絞り出かけてみた。

【 5/30 文殊山(522m) 山形・置賜東部 】
亀岡文殊駐車場〜薬師堂〜稜線三叉路〜羽山神社(文殊山)〜稜線三叉路〜お愛宕様〜猿婆岳〜お愛宕様〜稜線三叉路〜亀岡文殊駐車場

まほろばの里と呼ばれる高畠町は、縄文時代の古墳群が多く、稲作や果樹栽培が盛んな地域である。
「まほろば」とは「周囲が山々に囲まれた平地で、実り豊かな住みよい所」という意味らしいが、町の東側には凝灰岩の岩場が露出した独特の景観を持つ山が多い。

本日最初に登るのは日本三文殊のひとつ、学問の神様として、全国から合格祈願に参拝する人が多い亀岡文殊の東に聳える文殊山である。
この写真は登山口とは反対:北東側から見た文殊山。低山にも係わらず雪蝕地形が一部で見える。
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その広い駐車場に車を止める。流石に観光地らしく大型バスで参拝に訪れた方々が茶店にたむろし賑やかだ。
丁度、駐車した車の前にイラストマップがあった。一番左のピークが羽山神社を祀った文殊山、右の最高峰が猿婆岳と呼ばれているのが判明した。でも風呂屋の絵みたいでルートの詳細が非常に分かり難いのが難点。
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イラストマップ通り、先ず右にある薬師堂に向かう。
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薬師堂に参拝していると、南側の杉林の林床一面にミヤマヨメナが咲いていた。そしてシャガの花も見つけた。
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薬師堂の前にある「文殊山登山口」の指導標に導かれて山に入るが、僅かな距離で古い林道に出合う。
林道付近にはこの日お目当てのヒメサユリが可憐に咲き始めていた。
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この林道を直進すると左手に「羽山権現・修験道コース」の看板が。
駐車場のイラストマップで羽山神社が文殊山だと判っていたので、この分岐を左折する。
注:「分県登山ガイド・山形県の山」と、この時点でルートが異なっています。

その先で今度は右折。枝尾根の登りが始る。最近道が整備されたみたいでステップが薄く、非常に登り難い。
アキレス腱が伸びてしまいそうな急登が続くが、その代わりにドンドン標高が稼げる。
展望が無い登りであったが、タニウツギや淡い色合いのウラジロヨウラクが目を楽しませてくれた。
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正面の岩場を回避するため道が右斜上していくと待望の稜線に飛び出す。
三叉路を左に少し登っていくと羽山神社が見えてきた。林に囲まれた静かな佇まいの場所であった。
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この社が亀岡文殊の奥の院と決め付けてお参りする。最近加齢のせいか?物忘れが激しくなってきたので、学問の神様に”ボケ防止”をお願いするSONEであった(苦笑)

さて、全く展望が得られない山頂を後に先ほどの三叉路まで戻る。このまま下るのでは印象の薄い山に成りかねないので、三叉路を直進して最高峰:猿婆岳に登ることにした。
しかし道の整備度は悪く、一部で薮がかかっているが、ヤセ尾根部分に出ると北側の展望が一気に開けた。
まほろばの里:高畠町が一望に見渡せたのである。
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主稜線沿いにはヤマツツジとウゴクツクバネウツギの花も数多く咲いていた。
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中間の峰に祀られていた「お愛宕様」。何か傾いでしまって可哀想な祠であった。
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この峰から猿婆岳までが結構大変であった。刈り払いが一切なされず踏み跡程度の薮道が続くが、早朝に降ったと思われる雨滴が下半身を濡らす。そして一番厄介だったのが「マツタケ」採取禁止の縄張りを表す古いビニールテープ。あちらこちらで千切れて薮に絡まっているので、身体やザックに引っかかってとても難儀する。
そんな末にたどり着いた猿婆岳であったが見るもの一切なし。樹林に囲まれ薮に埋もれた山頂で、三角点を探すも見つからなかった。骨折り損とは正にこの事である。

しかし帰路は早かった。往路で充分に露払いしていたので一気に下った。
分県登山ガイドにあったスキー場跡から登って来る道は、最後まで確認できなかった。
林道まで下ってから左折してスキー場跡に行ってみたが、昔の道は一切整備がされていない様である。

でも、その寄り道途中で一輪だけ咲いているニッコウキスゲを見つけた。
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駐車場に戻ると、少しお腹が減ったので山形名物「玉こんにゃく」が食べたくなって茶店(いいざか)に寄った。
店のおかみさんと文殊山やワラビのアク抜き方法の話しをしていると、品書きに「たんぽもち」と言う聞いたこと無い食べ物が表示されていた。「もち」となっているが実体は米を「きりたんぽ」状に潰して、味噌を塗って、火に炙って食べる代物らしい。はは〜〜〜会津下郷町で食べた「しんごろ」とほぼ同じものであろうと推測できる。
何でも二井宿地区で農作業の傍らに食べるとか。興味があったので早速200円支払って食べてみた。
おっ! コレは結構いけるいける。以外に美味しく、腹持ちの良いおやつ感覚の食べ物であった(笑)
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まだ帰るのは少し早い時間だったので、以前から気になっていた米沢市南西部に位置する笹野山に登る事にした。この山、厳冬期にスノーシューでアタックしたが、猛烈なラッセルで途中敗退した山だったのである。

【 5/30 笹野山(660m) 山形・置賜東部 】
愛宕山9合目〜愛宕神社〜笹野山(往復)

笹野山は通称:斜平山(なでらやま)と言われている。その訳は東斜面が屏風状に切れ落ち、その反面、笹野山〜愛宕山〜羽山と南北に連なる長さ6kmに及ぶ平な頂稜と持っている山容によるものであろう。

以前スノーシューで歩いたのは館山から御成山公園、羽山神社を経て愛宕山までの約4km弱の行程である。
愛宕山から笹野山までは残り2kmだったが、スノーシューを履いても膝下まで潜る重い新雪ラッセルに根を上げて断念した。
但し雪が無い時期は愛宕山まで荒れた林道を車で入れるので、今回は愛宕山直下9合目からの繋ぎ登山である。

実際は愛宕山まで車の乗り入れは可能であったが、それでは平坦な山道歩きだけになってしまうので、愛宕山9合目の石碑がある広い駐車スペースに車を停めた。
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話は前後するが、御成山公園入口にはご覧の看板があり、笹野山に至る行程が把握できる。
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石碑から杉林の中を少し登ると再び林道とドッキング。僅かな林道歩きで愛宕神社がある愛宕山に着く。
そこからは目指す笹野山が初めて見える。山頂に林立するアンテナが目印だ。
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そして広場の西側には歴代藩主である伊達や上杉氏の厚い信仰を集めたと言われている愛宕神社がある。
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東屋を左に見て進むと、やっと山道に入る。整備された歩き易い道が笹野山山頂まで続いた。
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稜線上はヤマツツジロードだったが、この他にはニガナやウラジロヨウラクの花が随所で見られた。
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麓から眺めるとほぼ平坦な山道かな?と思っていたが、小さなアップダウンが連続する。
雑木林を歩いていると思うと、急に潅木帯となったり意外に変化が楽しめる道だ。
途中で西側の展望が開けた場所があったが、梅雨時みたいな今日の天気では飯豊・朝日・飯森山などの勇姿を望むのは不可能。
唯一、新潟・下越の光兎山(中央右奥)が山座同定できただけであった。
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笹野山頂のアンテナ群が近づいてくると、東側の展望が開ける。吾妻や蔵王・栗子山塊などの奥羽山脈の山々は雲がかかって見えないが、米沢市街地が大パノラマで俯瞰できる。
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さっき登ったばかりの文殊山も、平野に浮かんだ半島の様に遠望できた。
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山頂に近づいたときトレイルランニングの男性とスライド。本日出会った唯一の人であった。
そして笹野山山頂に到着。南北に広い山頂広場には、TVアンテナが立ち並び雰囲気はイマイチである。
真ん中の土が盛り上った場所に二等三角点を確認。
午後2時30分を過ぎていたが、米沢市街地を見下ろせる場所で遅い昼食を摂った。
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アンテナの建物の居心地の良い鉄階段に座って、暫し米沢藩を治めた上杉家に思いをはせる。
越後から伊達・最上のお目付け役として会津に移封、他に米沢・庄内・佐渡などの領地を含めて120万石を治め、豊臣秀吉の死後は五大老として徳川・毛利に継ぐ第三位の大名となる。
しかし豊臣家への忠誠と、盟友・石田光成への義を貫き、徳川勢の軍力を二分し、更には挟み撃ちを狙った「北の関が原」と後に言われる最上氏との戦を起こすが、呼応して軍を挙げた石田光成率いる西軍は関が原で敗退。
結果的に米沢30万石のみの減封という憂き目に会う。
この大幅な領地減少に際して、上杉景勝は家臣団のリストラを一切行わなかった。
しかし120万石を前提にした藩の経済は逼迫し、新規の産業育成や治水事業による新たな農地の開墾を余儀なくされたらしい。この難局を乗り切る役目を任されたのが筆頭家老である「天地人」直江兼続であった。


恐らく遠い昔のある日、登山口に当る愛宕山か、この笹野山の山頂から米沢を見下ろす上杉景勝と直江兼続の姿があったであろう。彼らの脳裏に去来するのは失意の念であったか、それとも戦国時代末期を生き抜き、小さいながらも安住の地に落ち着き、新しい希望の光りが見えた安堵の念であったか、それは知るよしも無い。

帰路は薮ワラビを探しながらゆっくりと稜線歩きを楽しんだ。

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【 ここからオマケ 猫の宮と犬の宮 】

昨年夏、愛猫を失ったSONEであるが、未だに忘れられず、最近夢の中によく登場していた。
そこで帰路、高畠町にある猫の宮を十数年ぶりに訪れ参拝してきた。

先ず全国的にも珍しい猫を祀った「猫の宮」は、山際に飛び出た小さな丘の上にある社で、その由来は写真を見て頂きたい。
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そして杉木立に囲まれた社殿。入口の扉には多くの愛猫家たちが貼り付けた猫達の写真がある。
死んだ猫への哀悼を託すものが、飼っている猫の幸せを祈願するものかは不明だが、私も亡くなった猫達の死後の幸せを願って手を合わせた。
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そして猫の宮の南側に隣接する「犬の宮」。こちらは杉林に囲まれた山の中腹にあり、規模は少し大きい。
その由来について詳しい看板がある。”勇敢な高安犬” もしかしたら朝日連峰北部の高安山はマタギ犬として高安犬が駆け巡った山であったかもしれない。
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石段の置くにある社殿は新しくなっており、以前感じた情緒が少し無くなっていた。
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犬と猫を祀って大切にしている高畠町の人々の優しさに触れ、とても穏やかな気分になって現地を後にした。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
昨日の山形はマズマズの天気でしたね。
ヒメサユリと数々の花々…いがったです。
天地人直江兼継の采配と、江戸末期の伊達家がだぶつきました。
伊達家は国内一、3万5千ばかり家来を抱えて貧窮していたのですね。
そして、戊辰戦争の悲劇これを采配できる家臣が…
時代は違いますがいつも思うのは救世主。
平成の救世主は現れるのでしょうかね。(^o^)
スズ7
2009/05/31 21:32
スズ7さん今晩は。
単独で山に行く場合、天気と相談しながら山を選べるので、雨の確立は低くなりますね。
ヒメサユリは咲き始めでしたが、透き通った様なピンクが印象的でした。
山の花の中では園芸品種と間違う位の、トップクラスの美しい花だと思っています。
確かに昔の大名の藩財政と、現代の会社経営は相通じる所が多いと感じています。
現代の経営者はモラルハザードの権化。資本主義の名の下に、実に簡単にリストラ策を選択してしまいますね。社会や社員に対する義が今だからこそ求められていると思います。
SONE
2009/05/31 22:37
やっぱり行ってましたか(笑)
“たんぽもち”ってネーミングにそそられるねえ、地産B級キタアー!って感じだ。
こちらはサクラ共々、養生しておりましたよ。
タッシー
2009/06/01 10:24
タッシーこんにちは。
東北地方に雨の降っていない地域があると、出掛けてしまう性分なもんで(苦笑)
「たんぽもち」の名は流石に飛びついてしまうインパクト充分だね
まあ”ガラスの腰”治るまで大人しくしていた方がいいと思うと。
SONE
2009/06/01 16:14
こちらガラスの肩です。
文殊山は猿婆山までの稜線が刈り払いされていれば展望が得られて
よい山になると思いますが、ちょっと残念ですよね。
あの古い破れたテープには私もまいりましたが、あれはあんまり人には
入ってほしくない地元の人たちの気持ちの現れのようにも思えました。
笹野山は冬がよさそうと思っていましたが、米沢の雪は半端じゃない
ようですね。今の私にはぴったりの山ですね。
ebiyan
2009/06/02 07:00
ebiyanさん今晩は。
改めてebiyanさんの昨年の記事拝見しましたら、オイラと全く同じ様な感想を持たれたみたいですね(笑) せめて旧スキー場からの周回ルートを整備して欲しいところですね。
あの破れたテープロード。下の茶店で伺ったら、地元でも問題視しているみたいですよ。
阿武隈に八丈石山と言うマツタケ山があるんですが、そこはマツタケシーズンのみ一般の入山禁止なのですね。文殊山も同じ様な対応を取れば、地権者とのトラブル回避できると思います。
笹野山は厳冬期には距離が長く、しかも重雪なので無理ですね。天気の良い日に飯豊・朝日・吾妻を見ながら歩いたら気持ちいいと思います。お勧めですよ。
SONE
2009/06/02 20:03
文殊山と笹野山ですか。この辺りはいつでも登れるなどと後回ししていたので未踏でありました(^^;。
soneさんはどこかに登っているものと思っておりましたよ。


私は週末の出張前に野暮用の片付けに終始してしまいました。なんか山が遠くなってます。
みいら
2009/06/04 08:50
みいらさんこんにちは。
文殊山と笹野山は、みいらさんの事だからとっくの昔に登っていると思っていました。
山形の山・裏通りと言うよりも、単なる路地裏といった山ですからねぇ(笑)
梅雨の気圧配置の時は、日本海側の山々は狙い目なので山形に出向く機会が多いです。
日曜は生憎の天気で計画が頓挫しましたが、近い内にまたご一緒しましょう。
SONE
2009/06/04 17:19

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2009.5.30 文殊山と笹野山(山形・置賜) 東北の山遊び/BIGLOBEウェブリブログ
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