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zoom RSS 2009.11.8 最上街道:軽井沢越え(宮城・船形連峰)

<<   作成日時 : 2009/11/08 23:47   >>

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「最上街道:軽井沢越え」は宮城県加美町漆沢と山形県尾花沢市銀山温泉を結ぶ古道である。
それは今から約1300年前の奈良時代に大野東人鎮守府将軍が軍用路として切り開き、現在の国道347号線が開通する明治25年まで地域の政治・経済・文化に大きな役割を果たしてきた街道なのである。
今回は余り歩いた記録を見ない、晩秋の奥羽脊梁山脈越えの道を楽しんできた。

【11/8 最上街道:軽井沢越え 宮城・船形連峰 】
加美町漆沢・最上街道(海道)登山口〜高畑山〜長沼林道合流〜林道分岐〜最上街道看板〜湯殿山碑〜小沢渡渉〜軽井御番所跡〜県境(軽井沢峠)〜天沼〜尾花沢上ノ畑林道・最上(仙台)街道終点

最上街道は一般登山者には馴染みの薄い古道である。以前は全くの廃道状態であり通行は困難な道であった。
しかし平成9年に宮城・山形両県の関係自治体が、古道の再整備を図り観察会などを行っていた。
この最上街道を歩く計画は以前から暖めてきたのだが、車のデポが必要なため単独では不可能だった。
そこで今回、山仲間のマロ7さんご夫婦、ebiyanさん、そして初めてご一緒するmorinoさんとmaronnさんが参加して、懸案であった最上街道を走破してきたのである。

山行記を記す前に、最上街道の歴史について少し触れてみたい。
奈良時代の大和朝廷の奥州経営の中心は陸奥(宮城県)の多賀城におかれていた。
この多賀城は大野朝臣東人によって設立されている。
当時の陸奥は海道(太平洋側)蝦夷の叛乱が収束に近く、朝廷の領地範囲を出羽まで拡大する状況だった。
そして日本海側の出羽柵の移動を最上川河口から雄物川河口へ移動したのだが、いままでの多賀城(陸奥鎮所)から最上川を経由しての行き来が非常に不便となってしまった。

但し、陸奥国から男勝の蝦夷を迂回するのは非常に効率の悪いルートであった。
多賀城(陸奥鎮所)から出羽柵(秋田市)までは奥羽 山脈を突っ切って横手盆地に入り、雄物川沿いに下っていけば一番の近道なのだ。
この男勝村蝦夷の征服作戦において将軍大野東人が派遣 されるのである。

その点を最上街道に限って記すと、天平9年(738年)2月25日、将軍大野東人は多賀柵を出発。
3月1日。大野東人は配下の判官の従七位上紀朝臣武良士等と委ねられていた騎兵 196人、鎮守府の兵499人、陸奥國の兵5000人、帰服(帰順した)狄俘 249人を率いて、管内の色麻柵を出発し、その日のうちに出羽國の大室駅(現在の新庄市付近)に 到着。
出羽國の國守の正六位下田辺史難破は部内の兵500人と帰服狄104人を率いて大室駅で待機。
田辺史難破は3日間待ってから、将軍大野東人と共に賊地に入って、道を開いて進むが、賊地は雪が深いため、雪が消えてから また郡を始発することにする。
3月11日、将軍大野東人は多賀柵に引き返す。

大野東人が自ら導いて新たに開通させた道は全長160里で、その途中では石を砕き、樹木を伐採し、谷を埋め、峯を越えていった。
最上街道に当る、賀美郡から出羽國最上郡玉野に至る道は八十里あったと言う。


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前段が長くなったが、今回急遽参加になったmirinoさんとmaronnさんは初めてお会いする方々と思っていた。
しかし、お二人から以前、秋田の高松岳で会った! と言われビックリ。
当時のエピソードを伺っていると忘れていた記憶が浮かび上がってきた。確かにお会いしている方々でした(笑)

さて銀山温泉入口で待ち合わせて、下山口に車2台をデポする。駐車スペースは無理すれば10台程度は置ける。
残りの2台に同乗して登山口に当る漆沢ダム手前の山神神社に向かう。
神社の階段の少し南側に縦長の看板で「最上海道云々・・・」の表示がされていた。
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最初は荒れた林道を登る。斜度が急になったところで山道になり、やがて杉林に導かれる。
少しジグザグに登っていくと顕著な尾根になる。この付近はコナラの雑木林で紅葉が綺麗だった。
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しかしながら行く先々で夥しい熊の糞が登山道上に見つかる。今年はドングリの豊作年というのを証明するかの様に熊棚の数も物凄い。今回の山全体の熊の生息数は考えられないほど多いであろう。
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緩登50分で高畑山に到着。石碑がありここで小休止する。三角点がある場所はこの先みたいだが、山の鼻にあたるこの場所が山頂と称しても間違いないであろう。
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その後は緩やかなアップダウンを繰り返す楽な行程となる。道幅は広く、草刈整備抜群で歩き易い。
所どころで古い道跡が判別できる箇所がある。時代とともにドンドン付け替えられたみたいだ。
見事なブナの二次林は前半のハイライトであった。皆で思わず歓声を上げた。
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今日の天気予報は当らずに、山中は曇りベースで高い山は一切見えない。
南側の展望が開けた場所があるが、期待していた船形連峰の姿は終日雲に隠されていた。
写真は唐府沢に広がる原生林を俯瞰したところ・・・
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しかし気持ちのいいブナの森の行程は長沼林道に出会った途端に打ち切られる。
尾根上以外の斜面は全て伐採され、杉が植林されているが、その生長度合いは決して良くない。
なんたってここは宮城県有数の豪雪地帯なのである。
でも単調な林道歩きにアクセントをつけてくれたのはツルウメモドキであった。
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林道の北側には漆沢長沼が見下ろせた。
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南側はカラマツの植林地が多い。その金色に輝く紅葉は秋の終わりを感じさせる。
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尾根に沿った林道歩きなのに泥濘が多く難儀する。その訳は上部から流れ込んできた小沢であった。
この場所は水場となっていて、ここで休憩を取る。
林道の乾いた場所では狂い咲きのタチツボスミレが咲いていた。
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やがて長沼林道は二手に分岐する。正規の最上街道は左側。この地点には何の標識もない。
その道を進むと奥に目指す684m三角点峰が見えてくる。
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そして枝林道終点の駐車場に着く。ここには最上街道に関する看板があった。
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味気ない林道歩きが終わると古道散策の後半戦に突入する。再びブナ林が現れ気持ちが落ち着く。
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登り基調の道を進んでいくと平坦な名月平へ着いた。 湯殿山の石碑が目印である。
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笹とカラマツの名月平の先には緩やかな下り道が続く。
この頃から青空も見え初めて、村山盆地の果てに村山葉山と、雪を被った月山の一部が遠望できた。
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またまた増えてきた熊棚に驚きながら下っていくと、小さな枝沢を渡る。この付近は湧水地帯らしく、左手の山腹から行く筋かの湧水が出ていた。一番水量が多い地点で採ったムキタケを洗うために休憩する。
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その後、半森山を正面に見てブナの原生林の中を下っていくと軽井沢御番所跡に到着する。
軽井沢御番所跡は山形県境の半森山南麓に位置し、寛永5年(西暦1628年)に仙台藩の関所がおかれた場所である。軽井沢御番所跡には役所・神社・墓地・宿場跡などの基礎石や石段が残っていて当時の面影を僅かに残していた。
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御番所跡周辺にはマユミの実が多かった。
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お昼近くになったので、ここで昼食をとる。
マロ7さんが持ってきてくれた蔵王ホルモン焼きと、ebiyanさんお手製のムキタケ汁は最高に美味しかった。
暑くも寒くもない快適な気温なので、久々にゆっくりと休憩できた。
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がっつり休んでから出発する。
小川になった軽井沢を渡ると石の鳥居が横倒しになっている場所があった。御番所にお祀りされていた白山神社の入口の鳥居である。半森山の中腹辺りに神社跡があるのかもしれない。

休憩した場所以外にも番所跡は広い範囲に広がっていた。カヤトの道を過ぎた先にも基礎石を見つけることが出来た。
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御番所跡を過ぎると、今行程最大の難所に出る。軽井沢源流沿いの道は湿地地帯となり、足もとがぬかって泥との格闘になってしまった。沢筋から抜け出してブナの森に入ると、やっと一息つけた。
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そこから宮城・山形県境は近かった。県境から少し下ると天沼に着く。原生林に囲まれたそこはモリアオガエルの生息地であるらしい。
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地形図を読むと山形県側の下りはコンタラインが混んでいて急坂が予想された。
しかしコース取りが旨く、カラマツや杉の植林地の中に緩やかな下り斜面が続き、簡単に仙台街道と記された標識のある下山口に辿り着いた。 山形側から宮城側に抜ける場合は最上街道が仙台街道に変るらしい(笑)
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この時GPSを確認したebiyanさんは、歩いた距離は全長11.5kmと言っていた。
意外と簡単に走破できてとても満足した山旅であった。
冬枯れのブナの森を、サクサクと落ち葉を踏みしめながら歩く峠越えの古道は、気持ちを穏やかにしてくれる。

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
ああー行きたかったなあ。
来年にでも自転車デポで行ってみるか。
なんにしろサクラが元気にならないと、無理だけどね(苦笑)
タッシー
URL
2009/11/09 10:07
タッシーこんにちは。
意外と早く歩いてしまって、帰宅は午後4時だったよ。
これならタッシーもサクラを気にしないで行けたかもね。行きたかった気持ち痛いほど判るよ。
サクラが復帰できたらマロも含めて簡単な山歩きたいね。
SONE
2009/11/09 13:28
お世話様でした。
思った以上に気持ちのよい道でしたね。
たいへんだったのはどろどろ歩きくらいで、あとは危ないところもなく楽しく歩けました。
海道の歴史を知って一段と、海道を歩いた思い出が深く胸に刻まれるような気がします。
タッシーさんお会いできなくて残念でした。
サクラちゃんはやく元気になるといいですね。
私は今日MRI検査を受けて、普通の生活に戻るOKをもらいました。
ebiyan
2009/11/09 16:42
SONEさん
いい山だったよー。
それにしても、たっぷりアップしたなぁ〜。
もう、マロ7が書くところないよねぇ。(O_o)WAO!!!
こうなると、新緑はどうだろうと思ってしまいますね。
タッシ、サクラを早く快復させて今度は参加ね。
ebiyan さん、普通の女の子に戻れて良かったね。(ヘ。ヘ)バンザイ
マロ7
2009/11/09 19:04
お世話様でした。
楽しい街道歩きでしたね。それにしても高松岳のあの人がsoneさんだなんてビックリでした。
またよろしくお願いします。
そうそう、mirinoじゃなくmorinoですよー。
リンク貼っときました。よろしく。
morino
URL
2009/11/10 01:33
こんな形で再会できるなんて、なんてステキな神様のいたずらだったんだろう。
山の神様とベテランクライマーさん達との山行!なんと幸せな1日だったことか。
皆さんと今度はいつお会いできるのか?益々山への思いが強くなりました。
大きな落し物があっても、へっちゃらな余裕の山ってそうそうないですよね。
ありがとうございましたぁ〜
maronn
2009/11/10 16:55
落ち葉を踏みながらの気持ちの良いハイキングだったみたいですね。あ〜あ、行きたかったなあ。
鬱々と沈殿してる内に、どうやら山は冬支度のようで・・・。
みいら
2009/11/10 19:26
ebiyanさん今晩は。
まずは肩の完治おめでとうございます。やっと登山完全復帰のお墨付きが出ましたね。
歩いている方が極端に少ないのに、あれ程までに整備状態の良い道は少ないと思います。
でもアノ泥濘の箇所だけは歩き難かったですね(苦笑)
道の歴史を知ると、本当に思いいれが助長されていきますね。
タッシーとみいらさんが参加できなかったのは残念でした。
SONE
2009/11/10 22:17
マロ7さん今晩は。
この場をお借りして、蔵王ホルモンとマロのお米、本当に有難うございました。
あはは・・・実は最上街道の歴史は行く前から編集してたのですよ(笑)
船形連峰が見える春にもう一度歩いてみたくなりました。峠越えの山旅は心を豊かにしてくれますね。
SONE
2009/11/10 22:22
morinoさん、拙ブログでは初めまして(笑)
ハンドルネーム間違えてすいません。記事訂正し、リンクも貼らせて頂きました。
世の中狭いと言うか、山の世界は狭いとびっくりしました。意外なところでお会いしてたのですね。
またご一緒する機会がありましたら宜しくお願いいたします。
SONE
2009/11/10 22:26
maronnさん、拙ブログでは初めまして(笑)
最初は高松岳でお会いしたこと思い出せないですいませんでした。
証拠写真は確かに私でしたねぇ〜(苦笑)またご一緒に歩きたいものです。
でも山の神様とは持ち上げ過ぎですよぉ。
それにしても熊の糞の多さには皆びっくりしましたね。それだけ大自然が残っている山域なのですね。
SONE
2009/11/10 22:31
みいらさん今晩は。
お仕事の都合でみいらさんが参加できなくて本当に残念でした。
落ち葉の轢きつめた古道の散策は最高でしたよ。
来週の山、晴れればいいですね。
SONE
2009/11/10 22:33
昔の街道の峠道を歩くというのも、なかなかロマンですね。 
問題は、周遊じゃないから帰りの足を考えないといけないことかな? 
汗っかきな私にはとっても、問題なんだな。
夢邪鬼
2009/11/11 17:28
夢邪鬼さん今晩は。
晩秋の峠越えはしっとり感があって最高ですよ。
昔に思いをはせながら歩く楽しみは普通の登山にはない事です。
但し単独の場合の帰りの足は問題ですねぇ。このコースなら明月平を目標に山形&宮城から二度足を運ばないと難しいですね。MTB利用で国道を周回している方もありますが、一般登山者は難しいでしょうね。
SONE
2009/11/11 20:12

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2009.11.8 最上街道:軽井沢越え(宮城・船形連峰) 東北の山遊び/BIGLOBEウェブリブログ
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