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zoom RSS 2010.5.16 芝倉山(山形・朝日連峰)

<<   作成日時 : 2010/05/17 22:47   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 16

今年は例年より残雪が多く、しかも16日の日曜日は好天が予想されたため、朝日連峰:以東岳北方稜線にある夏道のない芝倉山に残雪を利用して登ってきた。自身で永年の懸案となっている朝日軍道の未踏部分を少しだけ消化できて大満足の一日だった。

【 5/16 芝倉山(1221m) 山形・朝日連峰:以東岳北方稜線 】
左京淵ダム下〜大葛城沢左岸尾根を経て:葛城山南峰の肩〜1043m峰〜1020mコンタ鞍部〜芝倉山(ピストン)

昨年5月3日に芝倉山の北側に位置する葛城山に登った。 そのブログ記事は → コチラ
その時、南東方面に聳える芝倉山の姿を見て、皆で「簡単に登れる山だね。来年はあの山に登ろう!」と言う話が出ていた。今回その時のメンバーは不参加の方が大半であったが,前回ご一緒したマロ7さんに加えて、morinoさんマスさんが新たなメンバーとなり、急遽探検隊が組織されたのである(笑)

ところで朝日軍道の事を知らない方も多いと思うので、拙ブログのコラム記事で書いた文章を参照願いたい。
それは昨年の大河ドラマで有名になった「天地人:直江兼続」が開削した軍道なのである。記事は → コチラ

残雪量が多いとは言え、流石に5月中旬を過ぎると初夏の様な陽気になっていた。
昨年より新緑は山の上部まで進み、懸念していた東大鳥川沿いの林道も尾根取り付きの左京淵ダムまで入れた。

大葛城沢左岸尾根の末端は滑りやすい急斜面で注意が必要だ。僅かに生えた木を掴みながら尾根を目指す。
尾根上に着くと顕著な踏み跡があり順調に歩を進める。ここから主稜線までは昨年歩いた道なので気楽に歩ける。
少し平坦になったヒメコマツの生えた尾根からは新緑の東大鳥川の奥に甚六山方面が垣間見えた。
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ムラサキヤシオが咲くヤセ尾根をひたすら登る。最近人が入った様でのこぎりで邪魔な枝が切られていたし、昨年苦労した枯葉で滑る斜面も人が歩いた後で歩き易くなっていた。
750mコンタ付近まで登ると緩登となり、しかも残雪を踏める様になってくる。しかし昨年に比べて残雪量は少なく、藪が立ち上がった場所が多かった。残雪の広場から葛城山を見上げる。
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今年の雪堤は藪を避けながらの登りであった。しかし昨年うんざりしたブユの攻撃がないのは楽。
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950mコンタ付近の平坦地は南側の展望台となっている。化穴山と甚六山が並んで見えていた。
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ブナが並木の様に並ぶ回廊を抜けると朝日軍道があった主稜線は近い。
葛城山南峰(鉄砲休)の肩に踊りでると、茶畑山(御田峰)の全景が見える。 (赤字は朝日軍道時代の呼称)
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南東方面には目指す芝倉山(八熊岳)の姿が見える。1020mの最低鞍部まで下って登り返す工程だ。
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ブナの森を標高差で70m駆け下りる。振り返るとどうもこの斜面が狢森と呼ばれた場所と確信できた。
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すると蝙蝠ガ谷は何処か? 一般的には1020mの鞍部と言われるが、私的には舟窪地形になっている1043m独標付近の感じがする。
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その先の雪堤は崩壊が進んで、僅かな距離だが藪を漕いで安定した雪堤部分に乗った。でもズブッと足がはまる箇所もあり慎重に進んだ。
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緊張した雪割れ部分を越えて安定した雪堤部分に入ると一安心。横沢の奥に月山が見えるので皆で写真を撮る。
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越えてきた雪堤を振り返る。雪の壁は高さ7〜8mはあったであろうか?
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月山を少しアップで。先週湯殿山に登ってきたmorinoさんとマロ7さんは新鮮なアングルの月山の遠望に感激していた。
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葛城山の東面は雪蝕地形が顕著であった。芝倉山に近づくにつれて、その斜面から鳥海山が顔を出して嬉しくなる。
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更に登っていくと高安山の三角形の山容も顔を出し、その右には鳥海山の全景が見えた。
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最後の急斜面をキックステップで登りきると、やっと芝倉山の頂稜にでる。新雪で真っ白い雪が新鮮だ。
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南には近距離に近づいた茶畑山と戸立山、オツボ峰方面が見える。入山時間を2時間早く取れば、皿渕沢を周回するルートも日帰りで可能と判断できた。
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北西には葛城山南峰肩越しに摩耶山の姿が一望できる。
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最初は潅木藪の山頂と思っていたが、左右に残雪を繋いで東側に出ると、驚くほど広い雪堤が山頂であった。
先ずここで記念写真を撮る。皆360度の絶景を堪能できる山頂に驚いていた。
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ちょうどお昼になったので風を避けて昼食とした。その時、上空に太陽の周囲に虹色の輪ができる「暈(かさ)」が見られた。暈は氷の結晶でできた上層の薄い雲に太陽の光が屈折したり反射して起きる現象で、暈の下に虹が水平方向に延びる「水平環(環水平アーク)」とみられる珍しい現象も出現した。これは山頂での憩いを更に盛り上げた。
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山頂は寒くも無く、暑くもない理想的な気温で、のんびり休憩できた。
崩壊初期の雪堤を歩き回って更なる絶景ポイントを探す。やはり山頂から見た月山が素晴らしい。
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高安山の東面、灯明岩はこの位置からだと確認できた。登りたくなる山容を持った山である。
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東側には八久和川を挟んで離森山〜赤見堂岳〜高倉山〜大桧原山〜紫ナデ〜障子ヶ岳の長大な稜線が西側から拝める。芝倉山は夏道がなく、冬季は茶畑山から東大鳥川に下るのが一般的なため、今眺めている風景を見た岳人は非常に少ないであろう。障子ヶ岳なんてスラブ壁で覆われた東面からは想像できない山容をしていた。
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その他の朝日連峰の峰では大朝日岳、小朝日岳、鳥原山、ユウフン山などが確認できたが、寒江山など中心部はオツボ峰に隠れて見えなかった。

立ち去りがたい山頂をあとに往路を戻る。
山頂から一気に鞍部まで下る急坂は六十三本坂(本は曲がりの意味)と呼ばれ、皆で「よくもこんな急坂を馬が登ったものだ!」と驚いた場所である。そこを一気に駆け下る。
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太陽の暈(かさ)は1時間以上も出ていて、この時間帯は二重構造がはっきりと見えていた。
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往路で慎重に越えたズタズタの雪堤、帰路も慎重に戻って、越えた地点で振り返る。
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葛城山南峰の肩まで登り返し、ここでコーヒータイムとする。芝倉山もこの先見えなくなるので、最後の挨拶だ。
そして歩き慣れた大葛城沢左岸尾根を駆け下る。往路で藪の避け方はわかっているのでスムースに下降できた。

ところが標高950mのヒメコマツのある地点の残雪の隙間を抜けようとしたら、ビックリして立ち止まってしまった。
「熊が死んでいる・・・・・」と一瞬思ったが、それは解体されて毛皮だけ残った熊の皮であった。
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道理で最近人が歩いたと思われる形跡が顕著に残っていた訳である。
猟師の事はよく分からないが、仕留めた熊は山中で解体するのが現在の方法なのであろうか?
「骨は何処にいったのだろう?」と皆で不思議がった。

残雪が切れたところではイワウチワのお花畑になっていた。足の踏み場もない位咲き誇っていた。
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その後は休憩なしに一気に林道まで下った。尾根が消失した最後の急斜面は木に掴まりながら降りる。
この急斜面がネックとなって山慣れしていない登山者の入山を拒んでいる山なのだろう。

芝倉山は葛城山から見た、何の変哲もない藪山の印象とは異なり、360度重畳とした山並みを堪能できる素晴らしい山であった。途中の雪堤の通過もピリッとスパイスが効いて山旅の印象を更に深めるものになっていたと思う。

ところで今回は雪解けが進んでいたので、朝日軍道の名残をブナ林や潅木の中に探してみたが、やはり400年の月日の経過は完全に自然に帰った状態になっていたのである。

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
取り付きの急斜面、クラックの雪堤ほか難所もありましたが、SONE隊長のおかげで歴史の山、そして素晴らしい絶景の山を堪能できました。ありがとうございました。
それにしてもスパ長とピッケルは役に立ちました。持ってて良かった。(笑)
今度はどんな面白い所でしょう。って、あんまり難しいのは・・・。(^^;)
morino
2010/05/18 00:18
裏朝日の素晴らしさを堪能です。
昨年も、この景観に驚きでしたが、今回は倍増かな。
スパ長だとグリセードができないので、でも急斜は良かった。
こうしてみると、茶畑は段々と近寄ってきましたねぇ。
有難うございました。
マロ7
2010/05/18 07:36
イイところだ!! 行きてえなあ…
サクラはどんどん体力落ちてるし、雪や距離長いと無理だもなあ。
クマ、なんかカワイソウ…山の神はどう思っているのか!?
タッシー
URL
2010/05/18 16:25
折角お声掛け頂いたのに参加できず大変残念です。しょーもない会議などばっくれたかったのでしたが・・・。
それにしても良い点景・展望ですね。葛城山から眺めた時は籔が濃そうな感じでしたが気持良く広がってますね。あー行きたかった。残念。

先程連絡が来まして、あと3週間は山に行けなくなるそうです。
みいら
2010/05/18 18:50
morinoさんお疲れ様でした。
残雪が出てくるまでのヤセ尾根は昨年より登り易くなっていて、薮が出ていながらも早いコースタイムで登れました。あの雪堤の通過は今年最後のタイミングだったかもしれませんね。
急斜面だけトップが登山靴でキックステップすると、スパイク長靴の方が軽くて登るのが楽だと思います。
次は登山道のある山しか無理でしょうね(笑)
SONE
2010/05/18 20:40
マロ7さんお疲れ様でした。
標高1200m足らずの低山ですが、展望&難易度&急登は立派な朝日連峰ファミリーの一座でしたね。
昨年の葛城山よりも八久和川に寄った位置にある山でしたので、予想以上の展望には驚きました。
そういえば途中でグリセード失敗しましたね(笑)
茶畑は朝5時から入山すれば完全に日帰り圏内ですよ。来年行きたくなりました。
SONE
2010/05/18 20:46
タッシー今晩は。
サクラの体力考えると泉ヶ岳程度の山が限界になってしまったね。
天気が芳しくないときには山菜採り+軽い登山に誘うよ。
あんな熊の毛皮を山でみたのは初めて。未だ若い熊だった様だよ。可愛そうに・・・
SONE
2010/05/18 20:49
みいらさんとご一緒できる可能性はどんどん少なくなっていますね。
葛城山より内容が濃い山行でしたので、一緒に登りたかったですよ。
>葛城山から眺めた時は籔が濃そうな感じ  今回も同様に感じたのですが、登ってみるとビックリ!
写真の通り素晴らしい景色が広がっていました。
SONE
2010/05/18 20:53
山の楽しさ、美しさ、そして少し怖さも感じるいい記録でした。素晴らしいです。
SONEさんの描く朝日軍道踏破の夢のピースがまた一つ埋まりましたね。どんな結末が待っているのでしょうね^^
それにしても、クマ。なんということですかね。クマの毛皮とか胆が目当てでクマ狩りをすると思っていましたが…春に読んだ熊谷達也の「邂逅の森」を思い出しましたよ。そういえば主人公が最後に大熊と対決するのも、イメージとしてはこの付近だったような。
k4
2010/05/18 23:34
K4さん今晩は。
標高は低いけど、朝日連峰の山なので山の難易度、展望などは他の山の上をいっていましたね。
朝日軍道の残り部分なんですが、距離が長い区間ばかり取り残しているので、単独で突っ込まないと踏破は難しいでしょうね。
熊の毛皮は可愛そうという言葉しかでませんよ。現代は山の獣を獲らなくても生活できる時代なんですが、そのうち熊が絶滅するのではないかと心配です。
熊谷達也の「邂逅の森」は未読でしたので、今度読んでみますね。
SONE
2010/05/19 19:11
熊狩は共同体の年中行事、祭りに近い要素があると思います。昔と違い、生活のために
狩をする必要はありませんが、たとえば御柱祭のように、命の危険を冒してまで行って
価値のあることとなっているのだと思います。一年間、その日を楽しみに体を作り、銃
を手入れし、熊を狩る山の知識や狩の知識、決まりごとを継承しているのだと思います。
厳しい山狩りで熊がとれることはそんなにありませんし、狩猟免許を取り、銃を維持する
ことにはけっこうなお金がかかり、とったクマは別に売るわけではなく、熊の胆も肉も
猟に出た人全員で分配するだけです。毛皮も現代では高値で買う人などほとんどいませ
んし、皮はぎはできても、なめしが素人には難しいですから、なめしを業者に出せば
クマの場合は何万円もかかってしまいます。(タヌキサイズでも7000円くらいかかり
ます)地形が厳しいと解体しないと運べないので、たいてい解体しているでしょう。
クマの絶滅が心配なのは、こうした伝統的なまき狩りではなく、作物を荒らすからと
里に出たクマを箱わなで捕らえて殺すことだと思います。これは百発百中でわなにか
かってしまい、しかも、強いクマがいてその場所に入れなかった別のクマが、先のクマ
がいなくなったらそこに入り込み、またわなにかかり、何頭も同じ場所で獲れてしまう
のです。これはクマが無尽蔵にいるからではなく、山で十分なエサがとれないために
里に出るクマがつぎつぎところてん式に捕殺されてしまっている可能性が高いのではな
いかなと思います。
あかねずみ
2010/05/20 11:46
あかねずみさんこんにちは。
あかねずみさんの言われることも分からないことはないのですが、2004〜2007年の4年間で全県で1200頭弱の熊を捕殺している山形県(全国第2位)においては、銃による熊狩も箱わなによる捕殺も殺すことに変わりは無く、このペースで狩猟&捕殺が継続すると間違いなく熊絶滅の現実味が高くなると思います。
そして広範囲なナラ枯れや、ブナの実の不作が慢性化している現状では、熊の生態数が減少の一途を辿るのは素人でも分かることではないでしょうか。
確かに農作物を荒らし、人間に危害を加える熊は有害獣として捕殺されるのは仕方のないことと思いますが、マタギ文化が終焉を向かえて、単なるレクレーション的な狩猟目的で殺傷される熊は哀れです。
私としては熊が遊ぶ事の無くなった山は不毛の地と思うだけなのですよ。
でもこういった私の意見は都会に住む人特有の考えなのかもしれませんね。
SONE
2010/05/20 13:03
横レス、済みません。
1年前の話なのでもう記事はなくなっているかと思いましたが、まだありました。
乱獲ではなく、一応こんな取り組みもやってはいますということを山形県人としてご紹介します。
http://www.asahi.com/eco/TKY200904200001.html

ところで、所謂登山ルートではない山を登る際は、土地の人の昔からの生活の場に足を踏み入れているという視点も我々登山者は持たなければならないのでしょうね。それが動物だったとしても植物だったとしても。
みいら
2010/05/21 09:15
みいらさん今晩は。
山形県の熊の推定生息数1500頭のうち年間200頭も殺すのは、私としては納得できませんよ。
この議論は狩猟肯定派と反対派では意見がすり合う事は永遠にないでしょうね。
過去のマタギ文化を完全に継承している猟師って本当にいるのでしょうか?
飯豊の長者原みたいに地域起しの一環として春熊漁&熊祭りをしているのなら話は分かります。
人に危害を与えた熊だけ捕殺するのが本当のエコだと思いますよ。

>土地の人の昔からの生活の場に足を踏み入れているという視点も我々登山者は持たなければならないのでしょうね。それが動物だったとしても植物だったとしても。
これはその通りです。登山道のあるなしに関わらず肯定できます。しかし国有林は地元の方のものではなく、国民全ての財産という視点も持たねばならないでしょうね。
SONE
2010/05/21 19:09
熊談義ですねぇ〜。
浜育ちで魚文化の私には狩猟民族は異文化なのですが…。
それにしても今回の熊さんは子供なのでしたよ。
ある程度の親熊ならば仕方ないと諦めもあるのでしょうが、現物の皮を見てここまでやるのかでした。
宮城の松島は日本三景の地です。十年前に熊騒ぎがあり地元新聞に掲載されました。
当時は海辺の街で熊だなんて誰しもが信じません。
そして、数年後に柿の木に上った熊が現れ、そしてまた数年後、目の前に熊が現れ撮影までされました。
やはり、ここにも熊は複数でいたのです。危害があってはと檻を仕掛けましたがかかりません。私はなぜか安堵、でも観光地だし人家も近いしいつかは…??
熊との共存共栄は永遠の課題だかもしれませんが、今回の小熊の皮は衝撃的でした。
何しろ、人跡未踏に近い雪山に果物の皮が散らばり、そしてよく見たら熊さんでしたから唖然とした3人の叔父さんと姫なのです。
せめて、亡骸は埋めるかして欲しいですね。(小熊の殺傷は遺憾)
これらのこと、結論は出ないでしょうが…よく考えればこのお山、山菜、きのこの宝庫と思っていましたが。ブナに刻んだ文字はそれぞれが綴った、熊山だったのかなぁ〜って思いましたが。
マロ7
2010/05/21 22:18
マロ7さん今晩は。
私も元々猟師の孫なので、狩猟文化は他の世界ですねぇ(笑)
宮城では鉄砲撃ちが身近にいないので、どうしても熊狩について違和感を感じるのでしょうね。
確かに今回の熊の毛皮は親離れしたばかりの小熊だったと思います。
数年前に仙台市街地で小熊が住宅地に迷いこんだ事もありましたね。小熊ほど人間に対する警戒心が薄いんでしょうか。
果物の皮を無造作に雪の上に投げ捨て、その横で小熊を解体する人って山を愛する人なんですかね?
あの時、毛皮を見て皆で悲しい気持ちになってしまいましたね。
そういえば最上山岳会の方が芝倉山から下ってきたときも、三名の熊撃ち猟師に出会っているみたいですよ。あの尾根は熊撃ちの縄張りなんでしょう。迂闊に進入して誤射されるのも恐ろしいです。
SONE
2010/05/21 22:35

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2010.5.16 芝倉山(山形・朝日連峰) 東北の山遊び/BIGLOBEウェブリブログ
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