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zoom RSS 映画 『ヒマラヤ 運命の山』

<<   作成日時 : 2011/11/09 23:20   >>

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有名なこの写真は、登山家&冒険家ラインホルト・メスナーが1978年に単独無酸素でルパール壁から登攀したカラコルムの高峰ナンガ・パルバート(8125m)の山頂での一枚である。

不世出の登山家ラインホルト・メスナーは、史上初めて8000m峰14座のアルパインスタイルによる無酸素登頂を成し遂げた超人であるが、その栄光の影に実弟ギュンター・メスナーをナンガ・パルバートで喪った暗い過去がある。
映画『ヒマラヤ 運命の山』は、1970年に標高8,125メートルのナンガ・パルバート:ルパール壁の初登頂に成功したラインホルト・メスナー原作著作の『裸の山 ナンガ・パルバート』を再現した、実体験を基に描かれる冒険記である。

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しかしその登頂はメスナー兄弟にとって長年の夢を果たした反面、下山時に雪崩で大切な弟を失ってしまった兄の苦悩と、登山隊長のカール・マリア・ヘルリヒコッファー博士と裁判沙汰にまでなった、ルパール壁初登攀をめぐるスキャンダルの真相を描き出す。


最近は週末ごとに天気が悪い状態が続いている。
そこで山はお休みし(調子の悪い右膝を休ませる意味でも…)、11月11日まで仙台市内のチネ・ラヴィータで公開されている映画 『ヒマラヤ 運命の山』を観賞する事にした。(来年の1月まで全国で順次公開。)
チネ・ラヴィータは小さなスクリーンの単館系の映画館で、『アイガー北壁』もここで観賞している。
余り大衆向けの映画じゃないので、観客は10名にも満たない寂しさであった(苦笑)


ラインホルト・メスナーについて(wikipediaより抜粋)

ラインホルト・メスナー(Reinhold Messner)1944年9月17日イタリアのドイツ語圏である南チロルのブレッサノーネに生まれる。
現在はトレンティーノ=アルト・アディジェ州の名誉市民となっていて、彼は自身が所有する13世紀頃に建築された城で生活している。
メスナーは現在の登山家の中で最も世界で著名でありながら、最も頻繁に議論の対象となる登山家でもある。その理由は、その旺盛な自己顕示と積極的なメディアへの露出の中での偏向的な登山に関する見解のためである。
1970年のナンガ・パルバートでルパール壁初登頂を成功させた際には、登攀予定計画には無かったアタックで、登山隊の仲間であった実弟のギュンター・メスナーの遭難死の原因を作ったと言われている(というよりは、ルパール壁を登っていたラインホルトをギュンターが追ったものであった。この登頂の帰還時にラインホルトの背後でギュンターは雪崩に巻き込まれたと思われる)。このギュンターの死に関しては、未だに真相が解明されていない。ラインホルトもこのナンガ・パルバ-ト遠征中に、重度の凍傷に罹り足の指を7本切断している。なお、ギュンターの遺体は2005年にデアミール壁側の氷河にて発見された。

18歳頃から東アルプスで500回を超える登攀をこなし、1966年、22歳のときにグランド・ジョラス北壁(ウォーカー側稜)を攻略。1969年も三大北壁の中でも最も難易度が高いとされるアイガー北壁を当時の世界最短記録で攻略。1974年にも同じアイガーでペーター・ハーベラーとともに自身が持つ世界最短登頂記録を更新。
1970年のナンガ・パルバット登頂を皮切りに17年の歳月をかけて1986年には人類史上初となる8000メートル峰全14座無酸素登頂という登山史における大金字塔を打ち立てた。
その間に1975年に、ガッシャーブルムI峰でハーベラーとのコンビで世界で初めて8000メートル峰をアルパインスタイルで登頂。1978年、ナンガ・パルバ-トで世界で初めて8000メートル峰をベースキャンプから単独・アルパインスタイルで登頂。さらに同年、ハーベラーとのコンビで人類初のエベレスト無酸素登頂に成功。2年後の1980年には途中、一度クレバスに転落する事故を乗り越えてエベレスト無酸素単独登頂の偉業を成し遂げた。1982年にはカンチェンジュンガ、ガッシャーブルムII峰、ブロード・ピークという8000メートル峰を1年の間に次々と登頂。チョ・オユーにおける同年の厳冬期登頂には失敗したものの、高い記録であることに変わりは無い。世界初のガッシャーブルムI&II峰縦走にも1984年に成功。1990年には92日間をかけ徒歩で世界初の南極横断に成功した。


8000メートル峰14座の登頂記録
1970年 ナンガ・パルバ-ト (8125m)
1972年 マナスル (8156m)
1975年 ガッシャーブルムI峰 (8068m)
1977年 ダウラギリ (8167m)
1978年 エベレスト(8848m)、ナンガ・パルバ-ト(単独)
1979年 K2 (8611m)
1980年 チョモランマ(エベレスト)(単独)
1981年 シシャパンマ (8013m)
1982年 カンチェンジュンガ (8586m)、ガッシャーブルムII峰 (8035m)、ブロード・ピーク (8047m)
1983年 チョ・オユー (8201m)
1984年 ガッシャーブルムI峰 (8068m)、 ガッシャーブルムII峰 (8035m)
1985年 アンナプルナI峰 (8091m)、ダウラギリ (8167m)
1986年 マカルー (8462m)、ローツェ (8516m)



『ヒマラヤ 運命の山(原題 NANGA PARBAT)』評

裸の山”と呼ばれるナンガ・パルバート(標高8,125m)ルパール壁は、アイガー北壁の3倍・標高差4500mの大岩壁で多くの登山家が挑戦し命を亡くしていた。
1970年、若き登山家として 活躍しはじめた 25歳のラインホルト・メスナーは、カール・ヘルリヒコッファー博士の遠征隊への招待を受け、弟ギュンターと共に遠征隊へ参加することになる。
同年6月、ふたりは悪戦苦闘のすえ、子供の頃からの夢だった前人未到のルパール壁の初登攀を果たすが、登攀成功から一週間後、下山に成功し戻ってきたのは兄ラインホルトひとりだけであった。


私が若い頃、ラインホルト・メスナーは雲の上の存在であった。
次々と難度の高い、と言うか超人的な登攀記録を打ち立て、山岳雑誌に彼の姿がない号は珍しかった記憶がある。タイアップした登山用具は数知れず、多くの著書が発行されていた。
そんな彼を題材にした映画が公開されると言う。これは山好きなら観ない訳にはいかない(苦笑)

そして観た後の率直な感想は『運命を分けたザイル』と『アイガー北壁』を足して2で割った感じ…
ラインホルト・メスナーが撮影アドバイザーをしているので、ヒマラヤの高峰の迫力と臨場感&高度感は凄いの一言。それだけでも観る価値はある。
メスナー自身が登山指導や当時の装備を再現をし、ピッケル一本で氷壁を登る姿はダブルアックス主流の現在では驚くものがある。

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しかし観終わった後、何とも後味が悪い感触が残る映画であった。

何故か?

wikipediaにも書かれている >メスナーは現在の登山家の中で最も世界で著名でありながら、最も頻繁に議論の対象となる登山家でもある。その理由は、その旺盛な自己顕示と積極的なメディアへの露出の中での偏向的な登山に関する見解のためである。←これによる所が大きい。

当時、驚異的な記録を打ち立てていく中で、彼は先人の残したヒマラヤの8000m峰初登頂の記録を「フェアな登り方でない。」と一蹴している。これは有酸素で、しかも物量作戦の極地法で登った事を言っているが、当時のプアな登山用具と山の概要も定かでない状況での初登頂であった点をを一切無視した彼の発言には、若かった私でもカツンと頭にきたものであった。

今回の映画はメスナーサイドの視点から描かれたものであるが、カール・ヘルリヒコッファー博士の遠征隊への招待を受けての兄弟参加にも関わらず、組織的なプレーを一切無視して、自分の思うままに山頂を目指した故に、彼の後を追った弟の死の間接的な原因を作ってしまうのである。
確かに隊長のカールは、従来通りの定型的な極地法に拘り、メスナーの意見には一切耳を傾けなかったが、一匹狼的なメスナーと組織人としてのカール隊長では油と水の関係。合い入れるところはない。
結果的にメスナーが単独で山頂を目指すが、弟ギュンターの暴走で下山路を確保しないで兄の後を追い、同時登頂となる。
だが下山用のロープを持たない故に登ってきたルパール壁下降を断念。山の反対側のディアミール壁に下降ルートを見出すしか生還への道は無くなる。そこから決死のサバイバルが始まる。

映画には描かれていないが、結果的にカール・ヘルリヒコッファー博士は遠征報告書に『兄弟の初登攀は無いものとして、隊長が送りだした後続アタック隊の登頂を正式記録とする。そしてメスナー兄弟は最初から登攀路ルパール壁のの反対側ディアミール壁から下山する計画を持っていて、弟のギュンターを頂上直下に見捨てて計画を達成した。頂上直下で別働隊とコンタクトしたときは既にギュンターは死亡していた』「と記すのであるが、それはねつ造で真実と異なるとしてメスナーは裁判を起こし、結果的に敗訴となってしまう。
しかし憤懣やるかたないメスナーは自書『裸の山 ナンガ・パルバート』を編み、下山路となったディアミール壁の氷河に弟の消息を確かめに10回も訪れるのである。(結果的に2005年に遺体を発見。)


私的にはカール隊長の指示を何度も無視して自己中心的に動いた兄弟に、どうしても感情移入が出来なかった。
もともとメスナーの気質からすれば組織の枠にハマりきらない性格であったので、彼がこの遠征後にアルパインスタイルの登攀に切り替えたのは当然とも言えるが、その発端が弟を死に導いたこの山行であったとは因果なものである。

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しかしこの映画は山好きな方には決して期待を裏切らない映画とも言える。
山の大きさや迫力、恐ろしさを真摯に捉え、CGに頼らない撮影は臨場感抜群で素晴らしかった。
敢えてメスナー寄りの主張に傾倒せず、事実を忠実に再現した点にも好感が持てた。

自分としてはその後に超人として開花するメスナーの自伝を映画化して欲しいと思った。

予告編です。










               

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コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
お、仙台ではもう始まりましたか。山形は来週の土曜日からです。私も内容よりも映像が楽しみです。
そしてその翌週はプチ忘年会ですね。こちらも楽しみ〜。
みいら
2011/11/10 17:21
みいらさん今晩は。
実はこの映画、6月ごろから公開を楽しみにしていたんですよ。
山形フォーラムで来週から公開ですね。映像は今までの山岳映画でNo.1だと思いますよ。
プチ忘年会、ほんと楽しみですねぇ。
SONE
2011/11/10 19:45
見たくなりました!
と思ったら仙台は今日までですかっ(^_^;)
山形での上映中には間に合いそうです。
大きいスクリーンで見たいですね。
ナカシィ
2011/11/11 21:40
ナカシィさん今晩は。
忙しくて記事のアップが遅れてしまい、仙台での公開はほとんど終わりに近かったですね(苦笑)
山形フォーラムはそんなに遠くないので、是非観に行ってくださいね。
SONE
2011/11/11 21:46
>ヒマラヤの高峰の迫力と臨場感&高度感は凄いの一言。
それだけで高所恐怖症の私は見られません。(笑)

morino
2011/11/14 10:51
morinoさん今晩は。
随所にどうやって撮影したんだろう? と思うシーンがありましたよ。
映画館ではなくDVDで見たらそんなに恐ろしさを感じないかもしれませんね(笑)
SONE
2011/11/14 17:42
おっ、チネりましたか!
今月WOWOWで、アイガー北壁1&2やるので、それで我慢すっかなあ。
タッシー
2011/11/15 14:47
タッシー今晩は。
チネ・ラヴィータは駐車場が何時も満車で、別な有料駐車場を使うところがネックだね。
WOWOWでアイガー北壁放送するのかぁ。結構面白いよ。
SONE
2011/11/15 16:13
寒くなりましたね、SONEさんのBlogが更新されない所を見るとお忙しいのでしょうか。
私たちは先週末に七ツ森笹倉山に登ってきました。
展望台でうどんを茹でて、天ぷらにポーチドエッグを入れて頂きましたよ、驚いたのは自衛隊の演習音、ドーン、ドーンと最初は雷かと思いました。
来週は是非大倉山、蜂倉山を目指そうと約束し情報集めを行っていますが地図にも登山道が無く情報も少なく何処から登るのだろうと頭を捻っています。
無事に登れたら又報告させてもらいに来ますね。

あっ、厚かましいお願いで申し訳ありません大倉山周りの情報ありましたらお願いします。
Cafe Tom
2011/11/16 06:16
Cafe Tomさん今晩は。
泉ヶ岳が初冠雪となりましたね。
母親が脳梗塞となり月曜日に入院したので、介助等に忙しくて山には行けませんでした。
笹倉山の写真、PCに移す段階で消えてしまって残念でしたね。
折角の思い出が無くなってしまうと悲しくなりますね。
しかし何も週末に自衛隊の演習を行うことはないですよね。あの轟音は壮絶ですからね。
大倉山と蜂倉山に行かれますか。大和町役場のHPにマップを記載していますよ。↓
http://www.town.taiwa.miyagi.jp/carorient/nana-p.pdf
湯名沢林道口からなら効率よく周回できますが、蜂倉山の北側の登りがかなり急登です。
SONE
2011/11/16 19:28
soneさん こんにちは
膝の養生のために、山をお休みしているのかと思っておりました。
お母様のことでお忙しくなられたのですね。お大事になさってください。
介助するほうもされるほうも、どちらも大変だと思います。私は6年前に
足掛け6年間の介護を終えました。支えは、家族と、山歩きでした。
それぞれのケースがあると思いますが、体力面でも精神面でも、
共倒れになりませんよう願っております。
山は、厳しい冬に突入しましたね。熊の心配はないと思いますが、
山歩きは難しくなりました。ツァーに頼ることにします。
momo
2011/11/17 11:28
SONEさんお返事有難うございます。
大和町の情報調べてみますね。
お母さんが大変なことになられているようですが、大丈夫でしょうか。
私の母は既に他界していますが同じように脳梗塞を起こし父が9年間一人で看病していました。
其の大変さは目にしているのでSONEさんのお母さんは軽症で有るように祈るばかりです。
自衛隊の演習、確かに酷い騒音ですね、旗坂野営場の管理等を請け負っていただけるならあの騒音も我慢できるかなと思いますが、311震災のときの自衛隊の方の頑張りは頭が下がるものがあります。
重要なお仕事とは思いますが砲撃訓練は頷けませんね。
Cafe Tomm
2011/11/17 22:54
momoさん今晩は。
膝痛については未だ治療に時間がかかりそうです。今でも少し引っかかりがありますよ。
母親は未だに楽観できない状態で、治療中に脳梗塞が再発してしまい重篤な病状になってしまいました。
今は症状が落ち着くのを祈っている日々です。
毎日見舞いに行っていますが、精神的に参っていますよ。
昨日は泉ヶ岳が初冠雪でしたね。低山逍遥の季節に入りましたね。
SONE
2011/11/17 23:30
Cafe Tomさん今晩は。
御HPのプロバイダが変更になったのですね。
母親は今日、急に容態が悪くなり、明日は詳しい検査を行うとの事でした。
入院中の再発で、その原因を見つけないと治療方法が見つからないそうです。
片麻痺で食事をとるのも不可能であり、話もできない状態となっていて、見ているこちらも辛いです。
そう言えば舛沢大平山に登ったとき、突然大砲の轟音が響き渡って、雪崩でも起きたのかと肝を冷やした覚えがあります。雷並みの轟音ですよね。近隣にお住まいの方々にとっては慣れることが無いでしょうね。
SONE
2011/11/17 23:38
SONEさん こんにちは
お母様の具合は如何でしょうか。治療法が見つかるとよろしいですね。
昨年の今頃SONEさんはどの辺りを歩いていたのかと思い、拝見しておりましたら、
昨年もお父様のこともあり大変な思いをされていたのですね。
そうとも知らず昨日は口幅ったいことを申し上げ、大変失礼いたしました。
一面識もないのにいつも丁寧にお返事を頂きまして、恐縮いたしております。
某山の会をやめてからツァーを利用するようになり、遠くへ行くようになりました。
でもその基本は、近くの山歩きですね。今後ともSONEさんの情報を大いに参考にさせて
頂きます。
momo
2011/11/18 11:26
momoさん今晩は。
母親はかなり重篤な状態です。点滴のみの治療と輸液で命をつないでいます。
父親は認知症が少し進みましたが、新薬の効き目が良く、介護もあまり手がかからない感じです。
両親二人の食事の用意をしていますが、母親の介護度が増す事を考えるとやりきれない気持ちになります。
ツアーはいろいろ行動制約もありますが、効率よく行けない山に登れるのは助かるでしょうね。
私の大したことない山情報が少しでもお役にたっているのは光栄です。
SONE
2011/11/18 18:06
SONEさん今晩は。ブログの更新がストップして楽しみがひとつ減ったこの頃ですがご事情がご事情だけにコメントさえ入れて良いのかさえ迷ってました。SONEさんは何時もご丁寧に返信されるのでコメントを入れると気を遣われるのではと気になります。御母様のご回復を心から祈るばかりです。
翔パパ
2011/11/25 00:14
翔パパさん今晩は。
気晴らしに近くの山を短時間歩いていますが、なかなかブログ記事を書く時間と気力がないんですよ。
ただし、拙ブログを見に来て頂いた方も大切な見知らぬ友人だと思っておりますので、コメントはどんどん入れていただいて大丈夫ですよ。いろいろご心配をいただき有難うございます。
SONE
2011/11/25 16:52
SONEさんこんばんは
大変なときにコメントは控えていました。更新がなくても豊富な記録を見て勉強させていただいております。自分、このところ県外に足を延ばしたり、これからは海岸の岩壁に出たりすることから、山から遠ざかる環境です。ずいぶん前にスキーから遠ざかったときに、スキーの先生から一言「山は逃げない」と言われたことがありました。言われたときは気がつかなかったのですが、後から意味があったのだと気がつきました。何かと理由をつけて自分が逃げていたんですね。
SONEさん大変なのに、近場の山を短時間、とはさすがです。SONEさん、後悔することないように。SONEさん自身も大切にしてください。
yuji
2011/11/27 23:12
yujiさん今晩は。
母親の病状は未だに芳しくないですが、毎日見舞いに行って顔を見せています。
私が来たことだけは分かるみたいですよ。
yujiさんは今は山以外の環境におられる事が多いのですか。
「山は逃げる」と言っている方々もいますが、そんな方々は他力本願で山に連れて行ってもらう方ですね。
行く機会に便乗しないと、狙った山には行く機会がほとんど無くなるそうです。
高齢でハードな山に登れなくなった方々の「山は逃げる」と言う言い方をしていますね。
私の場合は今は充分な時間が取れなくて高い山は無理な環境ですが、息抜きに近場の山を彷徨してくるのは可能です。母は病院に任せたと達観できる様になりましたし、一時体調を崩しましたが、やっと平常に戻りました。いろいろご心配をおかけして申し訳ございませんでした。
少し心に余裕が出来たら低山徘徊の記事をアップしたいと思っています。
SONE
2011/11/28 20:48
SONEさんこんばんわ。この状況の中です、、、わかってはいるもののSONEさんの更新がないのはとても寂しく思います。山勉強中の私にとってとても良きバイブルです。勿論同じ真似は出来ませんが少しでも近づく事は頑張れますからね。
さて昨日はおなじみcafetomさんと七ッ森の、蜂倉山と大倉山制覇して来ました。蜂倉山の岩壁をロープで渡る所あるじゃないですか、あそこに立ち往生15分・・・・私もうこれ以上進むのは辞めようかと思いました。右膝に持病があるのからか、下りや滑る恐怖は人一倍怖がりなんです。でもなんとかcafetomさんに足の置き場を指示され励まされ、たったあの距離に15分かけました。SONEさんはスイスイ行くのでしょうね。未だ未だ初心者です。大倉山は急坂を一気にロープでしたから思ったより大丈夫でした。残すは鎌倉山と遂倉山です。怖い目をしてもまたチャレンジしようと意気込んでおります(笑)以上 私の低山徘徊の報告でした。

SONEさん、日々、母上の容態が少しでも回復に向かわれる事、祈っております。そして低山徘徊の記事を心待ちにしていますね。
とむかの
2011/11/28 23:07
とむかのさん今晩は。
なかなか記事をアップできないくてスイマセン
山は登れば登るほど技術や体力がアップして行きますので、マイペースでコンスタントにご自分に合った山を登られると良いですよ。
蜂倉山の岩場のところは初心者だと確かに怖いでしょうね。三点確保と言って、両手足の内、常に三点を固定して一点だけ動かして行くと難場も安定して通過できますよ。
七ッ森はハイキングと侮っていたら、初心者には難しい局面があちらこちらにあるので、山の歩行術を習得するのにはイイ山ですね。でもご自分で無理!と思ったら引き返す勇気も必要ですよ。
大倉山は早春にイワウチワの花が沢山咲くのですよ。カタクリも多いので、その季節に是非またチャレンジしてみてくださいね。
母親の容態は安定してきましたが、話せず食べられず寝たきりの状態のままで、以前の生活に戻るのは不可能らしいです。暖かなお見舞いのお言葉ありがとうございます。
SONE
2011/11/29 17:46
SONEさんこんばんは。自分も高い山には行けず、里山シリーズで鍛えるくらいです。来月は週末に何とかなりそうで、ふかふかの雪山のためにトレーニングします。
「他力本願」そうですね。誰かに導かれなければならないということは自分の仕事には適さないです。どのように厳しい場面でも自活、そのために身につける知識・体力・精神力が必要です。指導してもなかなか伝わらないし、理解するまで時間がかかります。自分たちの力を必要とする方々を常態に戻すには「他力本願」ではつとまりません。
SONEさんとじっくり話がしたいですね。
yuji
2011/11/29 22:15
yujiさん今晩は。
ふかふかの新雪を私も踏んでみたいですが、しばらくは無理そうですよ。
その分、里山で道に関係なく自由にルートを採る事で我慢しています
「他力本願」はある意味居心地がいいのでしょうが、山の技術や知識を養う点では全く効果がないですね。
よく山歴20年のベテラン、なんて事を言われますが、登山道のある山を人に連れられて、もしくはGPS頼りに歩いては、とてもベテランと言える実力は養えないと思っています。
yujiさんのお仕事は仕事仲間どおしでも他力本願が御法度ですよね。現状を瞬時に判断して、一番安全な方法を採らねばならない。これは一朝一夕にものにできる事ではありませんね。
私もyujiさんと山を真剣に語り明かしたいですよ。
SONE
2011/11/29 23:32

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