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zoom RSS 2012.9.8 六十里越街道(山形・月山)

<<   作成日時 : 2012/09/10 16:00   >>

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今も萱葺き屋根の多層民家が残る鶴岡市田麦俣から湯殿山南側を通り、西川町へと続く「六十里越街道」は、湯殿山詣の道と言われ、庄内藩主の参勤交代路としても利用されていた古道である。
今回は田麦俣から細越峠、そして大岫峠を越えて志津までの13kmの区間を歩いてきた。

【 9/8 六十里越街道(最高点1140m) 山形・月山 】
志津口〜道心坊坂〜焼山尾根〜田代沢〜大越沢〜大岫峠〜二ノ峠〜雨池〜菅谷地〜龍ヶ池〜湯殿山有料道路横断〜湯殿山碑〜仙人沢〜笹小屋跡〜砲台跡〜いーっぱい清水〜細越峠〜大掘抜〜小掘抜〜護摩壇石〜月山遥拝所〜独鈷茶屋跡〜千手ブナ〜花ノ木坂〜月山新道横断〜塚ナラ〜馬立〜弘法茶屋跡〜七ッ滝口〜七ッ滝駐車場

秋には峠歩きが似合う。それも古の道を想いを馳せながら歩くのは心を豊かにしてくれる。

1200年前に開かれたと伝えられる六十里越街道は、鶴岡から松根、十王峠、大網、塞ノ神峠、田麦俣を経て大岫峠を越え、志津、本道寺、寒河江を通り山形に至る山岳道であった。
山岳信仰がさかんだった室町・江戸時代には、出羽三山は東北・関東の各地から訪れる「行者」(参拝者)たちでにぎわったという。
また、戦国時代の奥州出羽合戦の折には酒田東禅寺城主志駄義秀が、この街道を侵攻して最上領深くの寒河江付近まで軍を進め、江戸の藩政時代には参勤交代にも利用されたという記録が残っている。
しかし大勢の行者や武士、旅人たちが行き交ってふみしめられた道は、明治30年代になって大越を通る車道が開通すると表舞台から退き、廃道に近い状態となっていたが、近年整備されて多くのハイカーが訪れる事となった。
苔むした沿道には今も、時代の名残をとどめる数多くの史跡がひっそりと眠っていて、当時の往来が盛んであった時代の名残を残している。


六十里越街道を歩くためには地元の観光協会主催の「六十里越街道トレッキング」に参加するか、個人山行の場合は車2台で1台を下山口にデポする必要がある。
今回はマスさんの車を鶴岡市田麦俣の七ッ滝駐車場にデポして、SONE車で志津口まで車を走らせた。

車をデポしたところにある七ッ滝は落差90mの見事な滝である。
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七ッ滝駐車場から志津口までの概算の走行距離は月山新道経由で31km強。かなり大きく迂回するルートとなっている。でも信号がない道路なので走行時間は40分程度か。

弓張平から湯殿山を望む。写真の白い建物の奥から、湯殿山の左の尾根の末端付近に六十里越街道が走っている。
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志津口の位置は少し分かり難い。
志津から姥沢に向かうT字路を直進して、石跳川の橋を渡った先の右手に小さな倉庫?があり、そこが登山口となっている。向かい側に数台程度の駐車スペースがある。現在は幟が立っていた。
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登り始めると湿地にオタカラコウの花が咲いていた。この花はこの後何カ所も咲いていた。
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ブナの二次林の道心坊坂を登りきると南側の展望が開ける地点があった。
大朝日岳が良く見えた。
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再びブナの森の歩きが続く。林床はネマガリダケと低木の蜜薮になっている。
冬場には広いブナの林間歩きが楽しめる場所であるが、無雪期の今とは様相がまるで違う。

景色が見えないので足元のキノコの観察をしながら歩いた。
チチタケが結構生えていたので、うどんの出汁を取るために採取する。地元では見向きもされないキノコだ。
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1時間ほど歩くと東側の展望が開けた。姥ヶ岳(左)と月山が眺められる。
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焼山尾根を乗越す。少し下っていくと田代沢を渡る。沢の近くにオニシオガマが咲いていた。
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8月下旬に草刈りを行った様なので薮っぽい個所は一切ない。
笹地の開けた場所で湯殿山の南面が近くに見えた。
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今度は大越沢を飛び石で渡る。沢筋にはダイモンジソウの見事な群生地があった。
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溝状の登りが続く。単調な行程なので辛抱のしどころである。
小尾根に登る手前で南東側に蔵王連峰が逆光になって見えていた。
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平らなところはブナの原生林になっていて落ち着いた雰囲気。
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大越沢の支流を越えて、少し急な登りが終わると標高1140mの大岫峠に出る。
東側の展望が開けていて爽やかな感じのする場所だった。
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手前の大越沢支流のところで休憩していたので、大岫峠が写真を撮っただけで通過する。
峠からの下りが一番の難所。湿った石ゴロの道で、石が苔蒸しているので非常に滑る。
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急坂を下りきって少し登ったところが、休み石のある二ノ峠
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途中で仙人岳を眺められる場所があった。複雑な地形を通っている感覚が濃厚な場所である。
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森の中に忽然と現れた池。天水だけで満たされている雨池である。
モリアオガエルや黒サンショウウオが生息しているらしい。
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その先に龍ヶ池もあるが、街道の上から樹間を通して見下ろすだけの池だった。
やがて周辺が伐採された場所にでる。じりじりと照りつける日差しが暑い。
何やら人工的な配水路が作られていて、古道の雰囲気がぶち壊しになっている。
地滑り対策が行われた場所かもしれない。

小沢を渡り、水平道を北に進むと十字路に出る。交差する山道は湯殿山参籠所へ向かう旧参拝道であった。
直進すると直ぐに湯殿山有料道路に出て、これを横断する。

仙人沢には太い鉄骨の橋が架けられていて、手すりもあり簡単に渡れる。
少し登ると七五三掛注連寺と、大網大日坊の賄い小屋があり参詣者を接待していたという笹小屋跡。
遠藤某という方が経営している時にはここで作られた豆腐を湯殿山参籠所まで売りに行っていたらしい。
そこに至るショートカットの道を豆腐道と呼ばれている。

笹小屋跡には石囲いの水溜りがあった。何に使ったものなのであろうか?
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細越峠への登りの手前で品倉山が間近に見えてくる。背後には湯殿山も眺められた。
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ブナの斜面をジグザグに登っていく。
水量が余りにも少なくて一杯しか飲めない一杯清水の右手に、戊辰戦争のときに砲台が置かれたと言われている砲台跡があった。
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ここから僅かな距離で湧水が流れだす「いーっぱい清水」がある。冷たくて美味しい水であった。
左手に斜上する様に道が続くと、太いブナに刻まれた文字がある。
傍らにこれを翻訳した看板があり、よく読めたものだと感心する。
こんな風に掘られているそうな・・・「昭和六年十二月四日富 命 馬ノムカエニ堀口寅治キチマサエ キミノ雪三尺 馬コナイ(新雪が三尺(90cm)降り積もる街道の中で馬の帰りを待っているようすが分かる。彼らはどんな気持で馬を待ち続けたのであろうか・・・。)」
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登りきると左手に湯殿山遥拝所300mの看板がある。
ちょっと遠いので立ち寄らなかったが、この分岐の所から湯殿山の鳥居が見渡せた。
そこから少し下がった地点に本日最後の峠:細越峠がある。昔は夏茶屋があったらしい。
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細越峠から1km下ると大掘抜(オホノギ)に着く。
尾根筋を大きく切り通しにした場所で、幅は約2m、長さは数10m。
何故こんな大規模な切り通しの道にしたかは諸説があり、未だに謎とのこと。
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大掘抜(オホノギ)から300m下に、少し規模が小さい小掘抜(コホノギ)がある。
右手が断崖となっている「座頭まくり」は巻き道が出来ていたが、ここからは湯殿山スキー場と黒森山の展望が開けている。
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少し下った右手に「月山遥拝所」の看板があり、尾根への登りだが立ち寄ってみた。
辿りつくと文字通り月山の展望が開けて、この日一番の景色が広がっている。
分岐で待っているマスさんを呼んで、最高の風景を見て少し休憩する。以前は無かった展望台である。
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台形の品倉山の奥に月山
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越えてきた湯殿山はかなり遠くに見える様になった。
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眺望を満喫したあと街道に戻る。
弘法大師が、護摩を炊いたという護摩壇石を過ぎて、花ノ木坂にかかると途中に大きく枝を広げた千手ブナがある。樹齢200年ほどのブナだとか。
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弘法大師が地面を突くと清水が湧き出したという、独鈷清水の上に独鈷茶屋跡があり、傍らに目立つバイオトイレが作られていた。清水の上の台地にトイレを作るのは印象が悪い感じ・・・

ここを下ると国道112号線月山新道を横切る。
この場所が本コースの一番の難点とも言える。何故か?

月山新道は自動車専用道路で歩行者の通行を禁止している。
横断するところには歩行者通行禁止の看板が設置されている。
しかし独鈷橋の下を通る歩行者用のう回路は現在手入れがされておらず、深い薮に覆われている。
すると月山新道を横断しなければ六十里越街道を歩くことは不可能になってしまう。
歩行者通行禁止の看板は月山新道を横断するときに、万が一事故った場合の行政側の責任逃れの意味しかないとも言える。矛盾しているなぁ〜(苦笑)

塚ナラと言う場所を過ぎると、またブナのすっきりした森になる。
馬立と言う場所は馬の荷物をまとめ直した所と表示されていた。
弘法茶屋跡は以前は田麦俣集落が一望できた場所であったが、周りの木々が伸びて展望が悪くなっていた。

その少し先で道は二手に分かれる。
右が蟻腰坂を経て田麦俣口に降りる道。左が七ッ滝へ降りる道だ。ここを左折する。
下りきると旧国道号線に出て、左側に七ッ滝清水があり汗をぬぐって、喉の渇きを潤す。
舗装された旧国道を下るとマスさんの車を止めた駐車場は直ぐであった。

この日の山形の気温は33度。残暑が厳しい折の登山で、田麦俣へ下るに従ってどんどん暑くなるのにはうんざりしたが、ブナの森の木陰は日差しを遮ってくれて、初秋の峠路の逍遥を思い出深いものにしてくれた。
この日は誰にも会わず静かな山で、マスさんもとても満足できた山旅だったらしい。

GPS軌跡です。クリックで拡大。

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動画です。
この日は何時も持ち歩く三脚を愛車に摘んだまま車検に出していました。
そこで手持ちや一脚の撮影で動画の手ブレが多く見受けられます。






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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
六十里越街道から見る山々は魅力的ですね。
スタートの七ッ滝も魅力的。
そのうち歩いてみたいものです。
morino
2012/09/10 22:26
morinoさん今晩は。
全体的に展望が利く個所は少ないですが、時折見える山々の姿が新鮮に感じてしまいます。
七ッ滝の写真は紅葉時期が素晴らしいでしょうね。
SONE
2012/09/10 23:10
7月に鶴岡に行ったときに旧道を車で…七ッ滝を俯瞰。
ここを歩いたら結構な距離だと思ってきました。。
秋はこれまたいいだろうね。(^o^)
マロ7
2012/09/11 07:06
マロ7さん今晩は。
新道も旧道も大きく迂回する車道なのでかなりな距離がありますね。
でもゆっくり歩いて8時間程度のコースですよ。
秋の紅葉時期はいいでしょうね。
SONE
2012/09/11 19:17
 ゆったりとした時間の流れが感じられて心が洗われるような気がしました。
SONEさんと私とでは時間の流れ方が全く異なっているような感じ…。
ただアクセクしている自分がバカみたいでもあります。

 でも、ノンビリ出来ない性格だから仕方ないワケで〜。(^^;;
ファーマー佐藤
2012/09/12 08:39
ファーマー佐藤さん今晩は。
こんな古道歩きは心を穏やかにしてくれますね。
私の場合は山登りでもオンとオフの場を作って、スポーツ的ではない時間を作ろうと心掛けています。
でもファーマー佐藤さんみたいに、ハードな種々の大会にでるのは苦手な性分なので、その点は羨ましく思っております(笑)
SONE
2012/09/12 17:37

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