東北の山遊び

アクセスカウンタ

zoom RSS 2012.12.2 木幡の幡祭りと口太山(福島・阿武隈山地)

<<   作成日時 : 2012/12/04 17:20   >>

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 12

毎年12月の第一日曜日に福島県二本松市の木幡にて『木幡の幡祭り』が開催される。
一度は見てみたいと思っていながら、なかなか足を運ぶ機会がありませんでしたが、今回やっと見る事ができた。

【 12/2 木幡の幡祭りと口太山(843m) 福島・阿武隈山地 】
不動坂登山口〜旧口太山キャンプ場〜石尊神社石柱〜石尊神社〜口太山〜迷い平〜猿の首取り〜乳子岩〜猿滑りの滝〜旧口太山キャンプ場〜不動坂登山口

先週歩いたオボコンベにて、翌週の日曜日に『木幡の幡祭り』にお誘いするとマロ7さん、おっ家内さん、morinoさん、maronnさん、ichicoさん、そしてマスさんが参加することになった。

長年温めていた企画なので、天候の良しあしが懸念されたが、この日は寒波がきて寒いながらも風が無い穏やかな天気に恵まれた。
東北道の国見PAでマロ7さんと合流。その後に旧東和町の木幡を目指すが、現地に近づくと夜に降った雪で路面が圧雪状態のところがあった。

少し早い時間に到着できたので、車は出立会場よりあまり離れていない場所に駐車できた。
寒いので登山靴に履き替えて祭り会場に向かう。

『木幡の幡祭りの由来』
前九年の役(西暦1055年)、源頼義率いる軍勢は戦いに敗れ、わずか数騎で付近の農家で宿を取っていた。
するとその夜、天女が夢枕の現れ「弁財天宮で祈願すれば願いが叶うだろう。」と告げられた。
頼義父子は夢に従い神社にて戦勝を祈願する。
するとその夜、付近の山の木々は折からの雪で全て源氏の白旗のように見え、攻めよせてきた安倍貞任らは、これを源氏の大軍と思いこみ、戦わずして退散してしまった。
これが陸奥鎮定のきっかけとなり、天皇はこの山を『木幡山』、山裾の別当寺院を『治陸寺』と名づけられた。
その後、神仏の加護を深く信じる郷土民により、950年に渡って勇壮な平安絵巻の『木幡の幡祭り』(源氏の白旗に見立てた幡を木幡山、そして別峯羽山神社に奉納する祭礼)を現在まで継承している。


『木幡の幡祭り』の出立式は旧木幡第一小学校グランドにで開催される。
各地区の堂社ごとに幡が集合する中、大将や総大将、隠津島神社の宮司などの挨拶が始まる。
画像


色とりどりの五色の幡が冬空にたなびく光景はとても優雅な感じがする。
画像


地元の婦人会の方々や、子供さんが踊る木幡音頭が終わると、見どころの一つである幡競争が行われた。
転ぶ人、幡を倒してしまう人がいて見ていて楽しい。
画像


近くに権立の若者がいた。
権立(ごんだち)とは幡祭りに初めて参加する者を言うが、現在では18歳から20歳ぐらいの者がなる場合が多い。
衣装は母親が着た襦袢か赤地の着物などで、これを着ることによって穢れを祓って一人前になれるとされる。
そして必ず「太刀」と「袈裟」を付けるのが習わしとなっている。
太刀は男根を象ったもので、木を削って作られ、藁のツバを付けて紐で肩にかける。
袈裟は三ツ編にした縄に紙花をつけて縛り、首にかける。
三人の権立は午後のお山駆で行われる成人の儀式のひとつ、胎内くぐりを行い、その後に「権立よばり」「食い初め」「参拝」の儀式を経て、一人前の大人の仲間入りを果たした。
画像


餅つきが終わると万歳三唱。そして幡行列が出発する。
午前の部は旧木幡第一小学校グランド〜一の鳥居〜木幡山参宿所まで。
午後の部は木幡山参宿所〜木幡山林道〜鷹取場〜羽山神社参拝〜胎内くぐり岩〜隠津島神社参拝となる。

幡行列の出立時に堂社ごとに餅まきが行われた。

木幡郵便局前では東和太鼓愛好会の方による出陣太鼓が打ち鳴らされ、祭り気分が最高潮に達する。ここの幡の密集は見事であった。
画像


山峡に勇壮な木製ホラ貝の音が響く中、色とりどりの幡が冬景色の中を練り歩く風景は、正に阿武隈の冬の風物詩と言える。
画像


少し日の光が差し込むと、幡がより鮮やかに映し出される。
画像


正面に目指す隠津島神社のある峰が見えてきた。
以前、木幡山に登った折に立ち寄ったが、荘厳な趣のある神社であったと記憶している。
画像


今回は午前の部だけ観賞した、一の鳥居を潜ったところを見て我々は引き返す。
画像


再び木幡地区に戻り、幡の駅寄合所にて先着150名限定の『けんちんうどん』をご馳走になる。
他に「いか人参」や「酢大根」もご馳走になったが、これが全て無料!
地元の婦人会の方々の祭りにかける思いと、心意気を感じて感動した。この場をお借りして感謝いたします。
画像


画像


婦人会の方が言われていたが、幡祭りは少なくても2年をかけて見るお祭りだと言う。
初年度は午前の部、翌年は午後の部を見るのがより堪能できるコツとか。
今回驚いたのがアマチュア写真家の多さ、凄い撮影機材を携えて撮影に当たっている。
彼らは撮影ポイントを把握していて、常に幡行列から先回りして撮影していた。
でも行列の中にいてお神酒をいただいたり、餅まきに参加したりして、私としてはそっちの方が楽しかったなぁ(笑)


午後からは旧東和町と川俣町の境界に位置する口太山に登ってくる。
この山、山頂での景色が良いので、今回で4回目の登山となるお気に入りの山だ。

しかし真実か否か定かでなないが、口太山とは姥捨て山を意味する「朽人山」が転訛したものだという。
飢饉ともなると「口減らし」のため、老いた者は若い者に背負われてこの山に連れてこられた哀しい歴史を秘めた山である。


登山口は南側の夏無沼からでは物足りないので、不動坂登山口から周回するルートを採った。
昔は桑畑の中にやっと駐車スペースを見つけた山だが、うつくしま百名山に指定されてから登山道が一気に整備された山である。

でも現在の駐車場は除染作業が行われて表土が剥ぎ取られているので駐車できない。
手前の民家前の広い路肩に駐車して登り始めた。

表面に目指す口太山が見えている。
画像


途中で簡易水道?の点検をされている地元の方にお会いした。
旧口太山キャンプ場の広場まで除染作業のために重機が入ったらしい。
最近、山頂から見える山裾に汚染土の仮置き場が、地元住民のコンセンサスを得られずに作られたと辛亥していた。このまま無崩しに半永久的に保管場所となってしまうことを危惧しているらしい。
福島の人々はこんな耐えている状況にも関わらず、震災復興は二の次で政局に走る政治家には呆れてしまう・・・

旧口太山キャンプ場には山の案内図が描かれている。
画像


今回は積雪もあるので、安全性を考えて急登の石尊神社コースを登りに採る。
右手の尾根を目指し、登りきるといきなり急登が始まる。
雪と落ち葉で滑るので意外にたいへんな登りだ。
画像


大分登ったところで正面に岩場が現れた。ここは右手を巻いて登る。
画像


巻き道を木につかまりながら登っていくと左手に石尊神社の看板がある。
んっ?石尊神社って山頂直下にあると記憶しているが???
何気に左側の岩場を見に行くと、枯れ木に見えたものは、何と高さ2mもある薄い石柱だった。
これが石尊神社のご神体かな?
画像


雪で滑るので岩場を注意して石柱の正面に回り込むと、表面に石尊神社と刻まれていて驚いた!
この石、何処で文字を刻んで、何処から持ってきたものなのだろうか?
自然に立っている石柱とは思えないし、石柱の上の方を押すと薄いのでしなるんだよね。謎だ?
画像


morinoさんを除くほとんどのメンバーが石柱を知らずに通過していって、皆山頂に達したらしい。
山頂直下の石尊神社の写真を撮っていると、マスさんが心配して迎えにきていた。
画像


そして積雪10cmはある口太山山頂に到着。
風がほとんど無いのは助かるが、流石に直ぐに寒くなってくる、
西側には晴れていれば安達太良山と吾妻連峰の大観が見られるが、この日は雲がかかって見えなかった。
手前に横たわる山が木幡山
幡祭りの午後の部が始まって、盛んに昼花火を打ちあげている。
画像


北西には遠く蔵王連峰が見える。
その手前には女神山(左)と御幸山が連なっている。
画像


蔵王連峰のアップ
画像


吾妻と蔵王の中間のある栗子山塊
画像


南西には特徴ある双耳峰の二岐山
大戸岳も見えていたが、那須連峰には雲がかかっていた。
画像


その他に船形連峰、大東岳、泉ヶ岳も見えていたが、写真に撮れるほどはっきりとは見えなかった。
本当に天気が良い時は月山や朝日連峰も見えるし、未だに写真に撮られていないが、理論上は富士山も見えるとか・・・

一通り山を眺めてから皆で記念写真。
画像


さて下山は危なくない初心者ルートを下る。
迷い平は雑木林が美しいところ。
画像


ここから先は白鹿の伝説があるルートとなる。
その伝説とは山陰中納言が阿古屋の松と呼ばれる銘木を探して口太山に来た時、大猿に化けた山賊たちが中納言めがけて襲いかかってきた。
その時、白鹿が現れて中納言を救った言う。


大猿の首を取ったところが小さな岩稜となっていて、その場所を『猿の首取り』と読んでいる。
画像


滑りやすいジグザグの坂を下って行くと十字路に出る。
右手に『乳子岩』の標識があったので、立ち寄ってみた。
ここが中納言が逃げ込んだと言われる岩窟の『乳子岩』で、中に観音様が祀られていた。
乳子岩には別な伝説があって、岩穴に乳飲み子を置き去りにした場所で、その泣き声は夜通し里まで聞こえて来たのだとも伝えられている。う〜〜ん・・・これは余り信じたくない伝説だなぁ。
画像


十字路まで戻って直進し、沢方面に下ると猿滑りの滝が出てくる。
落差20mだが、水量が少なくて迫力に欠ける。
画像


ここから登山口までは時間がかからなかった。
山の上で昼食をとらなかったので2時間強で周回してきた。

この後は川俣町の名物:しゃもを食材に使った川俣しゃもラーメンを食べに行く。
『御食事処 だいまる』は布引山に登ったときに目を付けていたお店で、川俣しゃものラーメンと親子丼を売りにしている。
私が注文したのは川俣しゃものラーメンの『塩タンメン』
しつこくない上品なスープと、それにマッチした麺が美味しかったです。
ここの川俣しゃも親子丼もお勧めでしたよ。
画像


いろいろ盛りだくさんなイベント満載の一日でしたが、初冬の低山をとことん楽しめた。


動画です。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
こうして動画を見ますと雰囲気が伝わってきますね。
師走にこんな壮大なお祭りがあるとはまだまだ福島健在です。
楽しい企画を有り難うございました。。(^o^)
マロ7
2012/12/04 19:49
マロ7さん今晩は。
予想していたより見どころ満載のお祭りでしたね。
皆さんとご一緒できて更に楽しかったですよ。
福島の皆さん頑張っておりますね。我々も微力ながら福島の山を発信せねばならないです。
SONE
2012/12/04 20:06
お世話様でした。
楽しい祭りに、意外に厳しかった里山。良い一日でした。
一番は木幡の婦人会の方々でしたかね。
また阿武隈山地に行きたくなりました。
morino
2012/12/04 23:43
morinoさん今晩は。
遊んで食べて最高の山でしたね。婦人会の方々には大変お世話になり感謝の極みですね。
根雪になるまでの期間は阿武隈の山が楽しいですね。
SONE
2012/12/04 23:53
口太山がちょっと怖くなりました(^_^;)
ナカシィ
2012/12/05 11:47
ナカシィさん今晩は。
今は姥捨て山の雰囲気は全然なく、明るく景色の良い山頂ですよ。
SONE
2012/12/05 20:37
日本のお祭りですね。いい雰囲気です。写真を撮りたくなります。
鬼婆伝説、二本松ですよね。
yuji
2012/12/05 21:12
yujiさん今晩は。
お祭りプラス登山と言うもの非常に有意義でした。
幡祭りは被写体としては素晴らしいですが、何処を切り取っていいか全然分かりませんでしたよ(笑)
鬼婆伝説は二本松ですが、安達ヶ原ってどの辺りなんですかね?
SONE
2012/12/05 21:40
以前、初秋の休日に同じコースで回ったことがありますが、他に登っている方はいませんでした。
山頂からの安達太良連峰の眺めが良かったことを覚えています。
夏無沼は登山口まで行ったことがありますが、松林でキノコが期待できそうな雰囲気でした。
みどぽん
2012/12/05 22:13
みどぽんさん今晩は。
いい山なのですが意外に登っている人は少ないですね。
私も4回登って出合った人は皆無でした。
今回は安達太良山が見えない点だけが残念でした。
この界隈は放射線量が高くてキノコは駄目ですね。
木幡の方々もキノコ狩りが出来なくて楽しみが減ったと言っていました。
SONE
2012/12/05 22:29
見なきゃソンソン、参加しなきゃそんそん、飲まなきゃソンソン・・愉快な1日でした。
五色旗は一人じゃ持てなかったよ〜
さらにシャモラーメン、秘密にしておきたい位な、絶品から揚げ・・いろいろ教えてもらい感謝です。ありがとうございました。
maronn
2012/12/06 17:44
maronnさん今晩は。
意外や意外、行列の中に入って楽しめるお祭りとは思っていませんでした。
あの旗、風が強い時には大変でしょうね。女性なら倒されてしまいますね。
最後のおまけのB級グルメはなかなかも物だったでしょ。遠回りしても立ち寄りたくなる唐揚げですね。
SONE
2012/12/06 19:12

コメントする help

ニックネーム
本 文
2012.12.2 木幡の幡祭りと口太山(福島・阿武隈山地) 東北の山遊び/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる